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エッセイ 透明な風景

夜の街。

静まり返るその街には、
立ち並ぶビルの群れと
暗い窓ガラスが並ぶ。

しっとりと街灯が
歩道を照らし、
夜の闇を拒んでる。

ぼんやりと浮かぶ
街の姿は、
僕の心に触れ、
記憶の底の
ある光景と
結びつく。

それは、
やわらかな温もりへ
僕を誘う。

目の前にある風景は、
僕の現実。

そこに重ねるのは、
透明な風景。

現実の風景に
透明な風景を重ね、
違う光景を見てる。

僕は田舎からの電車を
長い時間かけて乗り、
夜の東京にやってきた。

夏休み。

おばあちゃん家に
遊びに来たんだ。

母と二人で上野の駅に
降りる。

駅の改札の三角屋根には
たくさんの人と馬の壁画。

いつも僕を出迎える。

上野駅から電車を乗り換え、
吉祥寺の駅に向かう。

リュックを背負い、
はぐれないように、
母としっかり
小さな手をつなぐ。

吉祥寺に着くと
バスに乗り換え、
駅前の明るい街から、
薄暗い街中へ走り抜ける。

大きな公園、
人のまばらなアーケード通り、
暗い病院、
団地通り、
バスは次々通り過ぎる。

僕は
何度か来ている
この道のりを、

バスの窓から
小さな瞳で眺めてる。

薄暗い街中を、
明るいバスの光が
照らして走る、
この時間が僕は好き。

やがて着くバス停は、
高架橋の下にある。

誰もいないバス停に
母と二人で降りると、
バスは静かに走り去る。

薄暗いバス停の、
街灯だけが
僕たちを出迎える。

高架橋の下を
二人で手をつなぎ
おばあちゃん家へ
歩いてく。

僕の透明な風景は、
きっと、このときの光景だ。

薄暗くて静かな街を見ると、
心の奥から、
透明な風景が降ろされる。

そして、
あの時の空気を
感じ取る。

いまは、
おばあちゃんの
いない街。

いつまでも忘れない
透明な風景。

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