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エッセイ 木彫りの眠り猫

僕の部屋に木彫りの眠り猫がいる。
僕が実家を出たときに黙って持ってきた。

手のひらに載せられるくらいの大きさで、
亡くなった父が彫ったものだ。

父は若い頃は彫刻家を目指していたのか、
東京で修行をしたと聞いたことがある。

田舎に戻って、しばらくは農家の欄間らんま
を彫る仕事をしていた。

薄い記憶だけど、僕が小さい時に、父が何かを
彫っているのを近くで見ていた記憶がある。

※欄間(らんま)
天井と鴨居かもいとの間に、採光・通風・装飾
のために、竹の節、格子、透かし彫りまたは
丸彫彫刻の板を取り付けてある部分。出入口上方
の明り取りなどにもいう。

広辞苑

たぶん、家族を養うのには経済的に厳しかった
のだろう。父は彫刻を仕事にすることは諦めて
ガソリンスタンドで働くようになった。

都会と違い、田舎はプロパンガスだから、
注文を受けて、ガスボンベを家ごとに配達する
のもガソリンスタンドの仕事だ。

ガスボンベはとても大きくて、僕の背丈くらい
あったと思う。重さは相当なものだ。
そのボンベを車から降ろして、家に設置するのは
人力だ。ガスボンベは牛乳瓶を大きくしたような
形をしてて、運ぶときは頭を回して、底をクルクル
回転させながら運ぶ。

見てると簡単そうに見えるけど、車から降ろすとき
は荷台から地面までの下り梯子の上を回しながら
降ろすから、とてもあぶない仕事だ。
仕事中はいつも安全靴を履いていた。足の先が鉄板
になっていてて、小さい時に僕も履いてみたけど
とても重い靴だった。

こんなキツイ仕事をしているから、父の体はガッシリ
して、指もゴツゴツと太かった。
母から聞いた話では、彫刻を仕事にしていた頃は、
体も細くて、指もほっそりしていたらしい。

そんな父も、趣味として彫刻は続けていた。
僕が実家から持ち出した眠り猫もこの頃彫った
ものだ。

日光東照宮の有名な眠り猫を真似て、彫ったらしい。
荒削りで、上手くはないけど、僕は気にいっている。

彫刻は指が太くなると、彫りにくくなるものらしい。
こんな指では上手く彫れないとボヤいていた。
繊細な動きができなくなるのかもしれない。

ゴツゴツした指は家族を養うために自分の夢を
諦めた決意の現れ。

僕はそんな父の手が、とても好きだった。
もういない父に、無性に会いたくなった。

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