エッセイ 木彫りの眠り猫
僕の部屋に木彫りの眠り猫がいる。
僕が実家を出たときに黙って持ってきた。
手のひらに載せられるくらいの大きさで、
亡くなった父が彫ったものだ。
父は若い頃は彫刻家を目指していたのか、
東京で修行をしたと聞いたことがある。
田舎に戻って、しばらくは農家の欄間※
を彫る仕事をしていた。
薄い記憶だけど、僕が小さい時に、父が何かを
彫っているのを近くで見ていた記憶がある。
*
たぶん、家族を養うのには経済的に厳しかった
のだろう。父は彫刻を仕事にすることは諦めて
ガソリンスタンドで働くようになった。
都会と違い、田舎はプロパンガスだから、
注文を受けて、ガスボンベを家ごとに配達する
のもガソリンスタンドの仕事だ。
ガスボンベはとても大きくて、僕の背丈くらい
あったと思う。重さは相当なものだ。
そのボンベを車から降ろして、家に設置するのは
人力だ。ガスボンベは牛乳瓶を大きくしたような
形をしてて、運ぶときは頭を回して、底をクルクル
回転させながら運ぶ。
見てると簡単そうに見えるけど、車から降ろすとき
は荷台から地面までの下り梯子の上を回しながら
降ろすから、とてもあぶない仕事だ。
仕事中はいつも安全靴を履いていた。足の先が鉄板
になっていてて、小さい時に僕も履いてみたけど
とても重い靴だった。
こんなキツイ仕事をしているから、父の体はガッシリ
して、指もゴツゴツと太かった。
母から聞いた話では、彫刻を仕事にしていた頃は、
体も細くて、指もほっそりしていたらしい。
*
そんな父も、趣味として彫刻は続けていた。
僕が実家から持ち出した眠り猫もこの頃彫った
ものだ。
日光東照宮の有名な眠り猫を真似て、彫ったらしい。
荒削りで、上手くはないけど、僕は気にいっている。
彫刻は指が太くなると、彫りにくくなるものらしい。
こんな指では上手く彫れないとボヤいていた。
繊細な動きができなくなるのかもしれない。
ゴツゴツした指は家族を養うために自分の夢を
諦めた決意の現れ。
僕はそんな父の手が、とても好きだった。
もういない父に、無性に会いたくなった。