Green point of view 5

 久しぶりに実家に帰った。まあ実家って言ってもそんなに遠くないし、帰ったって感じはしないけど。相変わらず誰もいない。写真だって一枚も飾っていない。全てが作り物のようなはりぼての城。父親はずっと海外で働いてるし、母親も俺のことなんか何も気にしていない。自分の思い通りに育てようと、ありとあらゆることはさせてくるくせに、俺の気持ちになんてちっとも気づいていない。きっと音大に通わせたのだって、俺をピアニストにでもしたいのだろう。そして、自慢したいだけだ。そんなのただの道具と変わらないじゃないか。俺は実家の自分の部屋に入って、まだそのままになっていたベッドに座る。ここは変わらないな。無機質に整理されていて、やっぱり閉じ込められているみたいで気に入らない。どこかにしまっていたすすだらけの気持ちが、あっという間に集まってきて、堪えられなくなって俺は急いで自分の部屋を出た。リビングにあるグランドピアノをいたずらに弾いて気を紛らませる。俺は片手でスケールの練習をしながら、顔も思い出せない女の子たちにメールを送った。赤く染まりかけた空の色がグランドピアノに映って、グランドピアノは不気味に揺らめいて、深海みたいに俺を息苦しくする。俺は誰にも見られないようにこっそりと、グランドピアノのそばで痛みを吐き出した。ずっと抜けきらない叫びは、いつまでも俺の心にまとわりつく。誰も住まない大きな家から逃げるように、俺はバイトへ向かった。携帯にメッセージの着信音が次から次へと鳴り響く。
「誰にしよっかな。」
俺は静かにつぶやいた。

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