White point of view 9
親には感謝していないわけではなかった。だってピアノと、今生きているこの環境をくれたわけだから。わたしは今やっと呼吸できている。でもすべて忘れられるわけではない。でも何か形で示しておかないと、自分の存在価値も見失ってしまいそうで怖かった。だからわたしはコンクールに出る。親への孝行でもあり、自分のためでもある。凛と静まりかえった会場で、わたしは雫を落とすように、清らかにささやかにピアノの前へと出た。アシンメトリーの白いドレスをひきづって、わたしはイバラの道をかき分けるようにしてピアノにたどり着いた。そこは、楽園と地獄が複雑に入り混じったような特別な場所だ。どこからともなくやってくる野性を体に宿して、わたしは叫びをぶつけた。指示通りに演奏しないわたしの演奏は、コンクール向きではないだろう。でもこんな大きなステージで、心から叫ぶことのできるこの機会に、わたしはすべてを込めたかった。わたしは、天使を宿したようにきらめいて、悪魔を宿したように力強く、鍵盤の上に指をすべらせた。音たちは響き合い、ぶつかり合い、わたしの叫びを乗せてホールに響きあった。ホールを駆け巡る音たちは、やがて矢に変わって、空間のすべてをズタズタにしていく。もちろんわたし自身も。崩壊していく自分を感じ取りながら、わたしは命のきらめきのすべてをピアノにぶつけた。
気がつくとあのいびつな星が、ピアノとわたしにまとわりつくように、ねっとりとまたたいている。でも緑くんのくれた希望も、わたしには宿っているはずだ。わたしは大きな力に飲まれてしまわないように、必死にピアノにしがみつきなんとか演奏を終えた。立ち上がって礼をして、わたしは燃え尽きた心をひきづって楽屋に戻った。どこからか声が聞こえてくる。
「よくやった…… 上出来だ」
でも別の声も、聞こえてくる。
「まだまだだね……」
わたしは目を閉じて、焦燥感を抱きしめてそっと眠った。小さな花たちが、寄り添うようにわたしの足元に咲いた気がした。
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