Green point of view 1
まばらな木漏れ日が心地よい。このベンチは、いつもひんやりとしていて居心地がいい。大学の近くのパン屋で買ったサンドイッチを片手に、俺は今日のレッスンで弾く曲の楽譜をパラパラとめくっていた。ここは俺のお気に入りの場所だ。なんだかここだけ、このめんどくさい世界から隔離されて浮かんでいる浮き島みたいだ。「ラピュタだな……」そうつぶやいて、俺は楽譜を閉じた。すると、携帯にメッセージが届く。「緑くん!今日、会えないかな?」とメッセージが表示される。朱里だ。少し考えて、俺は「いいよ」と返信した。別に朱里とは付き合っていない。でもなんだか放っておけないんだ。俺はぬるくなったオレンジジュースを飲み干すと、気だるげにレッスン室へと向かった。日焼けはしたくないから日陰を歩いていく。落ちてくる水々しいきらめきをうけながら、俺は太陽から目を逸らす。溶けてしまいそうだ…… 太陽みたいなまっすぐなアプローチは疲れそうだ。俺にはそんなことできないなと思っていると、いつの間にか練習棟についていた。なんとかレッスン室の扉を開けて、俺は先生と他愛もない会話を繰り広げ、すぐに曲を弾き始める。ラヴェルを弾く。『亡き王女のためのパヴァーヌ』。やっぱりピアノの音はいい。急に水でできた宮殿に閉じ込められたみたいだ。深く、奥の方に響くひんやりとした感覚。繊細でまとわりつくような神秘。俺は溺れていく。この音の海に……
「朱里待ってろ! 嫌なことなんて全て吹き飛ばしてやる。」