Red point of view 5
「あー気持ち悪い。」
こんなわたしも、こんなわたしの生きてる世界も。もうしばらく学校にも行けていない。どうでもよくなったんだ。正常に動いていた毎日が、突然ひとつの歯車が抜けてバラバラに崩れ去った。緑くんにそんなに期待していたわけではない。緑くんからはたくさんの女の子の気配がした。きっといっぱい遊んでるんだろうなと思っていたし、知っていた。でもなぜだか、緑くんはわたしの生活の中にいつの間にか組みこまれていて、わたしがあいつのことを忘れるのに必要なお守りになっていた。緑くんがいない今、もうわたしはあいつの言葉や力から逃げることができない。記憶の中を飛び交う食器やガラスの割れる音、大きな怒鳴り声は、今でもわたしに新鮮な絶望を与え、全てのエネルギーを奪っていく。お母さんは今日も遅い。何個もパートを掛け持ちしているから、いつも帰ってくるのは夜の10時すぎだ。お母さんには感謝してる。なのに何もせずに、学校にも行けなくなった自分がつらい。水を飲みたくなってキッチンにペットボトルを取りに行くと、玄関のベルがきれいに鳴り響いた。どこかに閉じ込められていたわたしの心にも、その澄んだ音色は不思議と届いた。でも何だか世界と向き合うのがやっぱり怖くて、わたしは部屋に戻ろうとした。もう一度ベルがなって理久の声がした。
「朱里! いるんだろ。少し話そう」
いつもと違う深い深呼吸のような声だった。どこかの山の大木のように、理久の声は優しくしっかりしていた。
「理久……?」
わたしは玄関の扉を開け、何とか声を絞り出してささやく。
「朱里! 何で全然学校来ないんだよ。お前がいないと…… つまらないよ」
「あ……ごめん。ちょっとね」
わたしはなるべく何も感じさせないように、さらっと答える。
「それに何かあるなら、俺とか優花に言ってくれよな……」
「あっそうだよね。ごめん。ちょっと体調悪くてさ。明日からきっと行くから」
「本当に? 朱里最近なんか変だったしさ。なんかいつもよりダルそうだったし。もしかしてあの大学生と何かあった?」
「え? 大学生? 何で理久が知ってるの? もう……」
「だって…… 前おまえ二人で歩いてたじゃん」
「え? いつ? どこ?」
「さあね。とりあえず何でもいいから話してくれ! 俺が追っ払ってやるよおまえの不安と恐怖……」
「え? 理久何言ってるの?」
「いや…… じゃあ明日」
そう言って理久は何かを悟ったように、静かにそっと大切に世界を踏みしめて早足で帰っていった。わたしは体中の気だるさをかき集めて何とかそれを脱ぎ捨てて、自分のベッドまでたどり着いて倒れこんだ。何だか無性に体が熱い。何かに答えるように、何かを叫ぶように、わたしの体は言葉にならない気持ちに乗っ取られそうだった。這いずりまわる二頭の蛇は絡まりあって、お互いを喰らい尽くした。
「り……」
わたしはベッドに戻り、微笑んで目を閉じた。