テレビ東京様へのご提案:オタクは推しのドラマが見たい 第3話
※どうしてもやってほしい役には役者本人のお名前を使っています。
※この物語はフィクションです。
登場人物
ホンダ コウスケ(26) 神奈川県警察刑事部捜査1課 刑事
生瀬(53) 神奈川県警察刑事部捜査1課 課長
高橋(38) 神奈川県警察刑事部捜査1課 主任
瀧川(45) 神奈川県警察刑事部捜査1課
飯塚(42) 神奈川県警察刑事部捜査1課
テコエ(22)神奈川県警察新人
黄(22) 神奈川県警察新人
河合(32) 神奈川県警察刑事部鑑識課
サノ(26) 神奈川県警察刑事部鑑識課
中野(24) 神奈川県警察刑事部鑑識課
早川(38) 神奈川県警察総務部会計課
山本(36) 神奈川県警察刑務部刑務課
大倉(45) 警視庁刑事部捜査第一課
屋敷(43) 警視庁刑事部捜査第一課
佐藤(34) 過去の事件の主犯
鈴木(34) 実行犯
田中(33) 実行犯
伊藤(33) 実行犯
渡辺(32) 実行犯
ナカガワ(26)大学院生。ホンダの高校の同級生
仲河 美咲(18) ナカガワの姉
男
おやっさん(66)暴力団組長
あらすじ
黄金町と武蔵小杉でほぼ同時に殺人事件が起きる。黄金町の事件を割り当てられて現場に向かうホンダと高橋。大勢が殺されているが目的がわからない。目撃者の早川とともに現場検証に向かい、目的とともに犯人を特定するが早川が刺されてしまう。
一方、武蔵小杉の事件は実は過去の事件とつながっていることがわかり、捜査線上にホンダの友人、ナカガワが浮上してきてしまい…。
本編
〇神奈川県警前(昼)
弱い雨が降っている。
空はどんよりと暗い。
画面奥の神奈川県警本部から速足でホンダとサノが出てくる。
ホンダ「何喰う」
サノ 「中華は昨日食べましたしね」
ホンダ「カレーとか」
サノ 「インド、欧風、ハワイアン」
ホンダ「うわー、悩むー」
本部前の歩道にビニール傘を差した男が二人立っている。
ホンダに気づくと、気さくに手を上げる。
大倉 「よお!」
ホンダが男に気づき、驚く。
ホンダ「大倉さん!お久しぶりっす。今日はどうして」
大倉 「何、ちょっと野暮用で、こっち来てな」
屋敷 「せっかくだから、うまいものでも食って帰ろうかと」
大倉 「お前、なんか知らね?知る人ぞ知る的な横浜の名物」
ホンダが少し考える。
ホンダ「とんかつとかどうです?」
大倉 「中年には油モンはきついのよ」
屋敷 「あ。俺、前からあれ食べてみたかったんすけど。牛鍋」
ホンダ「老舗の支店が近くにありますよ」
大倉 「高い?そこ」
ホンダ「ランチなら行けるんじゃないすか」
にこやかに話しているが何か緊張感がある大倉と屋敷。
ホンダは気づいていないが、サノは静かに様子をうかがっている。
大倉 「ホンダ、お前飯これから?奢ってやろうか」
ホンダは笑顔でうなづきかけて、サノを振り返る。
サノ 「あ、俺、弁当買ってラボで食べるんで。どうぞ、ごゆっくり」
社交的な笑顔を浮かべて3人で行くよう両手で促すサノ。
ホンダが少しだけ申し訳なさそうに片手を上げる。
大倉がホンダの肩に馴れ馴れしく手を回す。
大倉 「よし。じゃあ行こう行こう」
〇牛鍋 荒井屋・個室(昼)
雰囲気のある個室に座る3人。
大倉と屋敷がホンダの前に並んで座っている。
目の前には牛鍋が煮えている。
大倉 「お前、本当にビール飲まないの」
ホンダ「抱えてる案件は終わったんですけど、その、書類がたまってて」
大倉 「あるあるだよな」
ホンダ「全部片づけるまで帰るなって会計課から」
屋敷 「ごめんねー、午後から非番だからって俺らだけ飲んじゃって」
大倉がビールに口をつける。
大倉 「それにしても、もう10年か」
ホンダが肉をつつきながら少し考える。
ホンダ「高校入る前の3月だから、もう11年じゃないですか」
大倉 「かー、11年かあ。月日が経つのは早いねえ」
屋敷 「でも俺、いまだに覚えてますよあの時のホンダ君」
大倉 「伝説のな」
ホンダが恥ずかしそうに笑う。
ホンダ「やめてくださいよー。もー、会うたび絶対に言う」
大倉が楽しそうに箸を振り回す。
まるで正月に集まった親戚が幼少時の失敗を暴露する、あのノリ。
大倉 「だってお前よ、東京と神奈川のヤンキーが多摩川の橋の上で抗争してるっていうから慌ててかけつけたらよ」
屋敷 「全滅する東京と神奈川のヤンキー。一人たたずむホンダ君」
大倉 「味方もボコってんじゃねえかって言ったら」
屋敷と大倉が声をそろえる。
大倉・屋敷「どっちも悪かったから。どっちも殴った」
ぎゃははと笑い転げる大倉と屋敷。
恥ずかしさで前髪を押さえるホンダ。
ホンダ「毎回それ言いますけど、そもそも神奈川も味方じゃないですからね?俺、ただ通りかかっただけで」
大倉 「でもあのセリフは言ったもん。たしかに言ったもん」
ホンダ「大体、屋敷さん脚色してるじゃないですか。俺一人じゃなかったし」
屋敷が笑いながらビールを飲む。
屋敷 「そういえば、ナカガワ君元気?連絡取ってる?」
ホンダ「元気元気。月1,2回は会ってますね。研究忙しいみたいですよ」
屋敷 「何の研究してるんだっけ」
ホンダ「数学のはずなんですけど、この間聞いたら宇宙の話してました」
大倉 「宇宙」
ホンダ「ヤバいっすよね」
大倉 「ヤベえな」
大倉が肉をつまみながら感慨深そうな表情をする。
大倉 「11年前に多摩川の橋の上で会ったガキ共が、今や刑事と学者様とはねえ」
屋敷 「青少年の更生は刑事冥利に尽きますねえ」
ホンダ「だから最初っからグレてないっすからね、俺ら」
大倉 「つーか、なんで警視庁はいんねーんだよ、お前」
ホンダ「なんか生まれ育ったところで受けるもんだと思ってたんですよ」
大倉 「今からでもこっちくれば」
ホンダ「いやあ、ありがたいですけど。今めっちゃ雰囲気いいんすよね」
大倉がへっと笑う。
大倉 「生瀬さんだろ。あの人すごいらしいな」
ホンダ「ヤバいすね。俺は生瀬さんしか知らないんでアレですけど、何か起きると所轄も他部門も巻き込んでみんなで解決しちゃいます」
大倉 「実際、検挙率上がってるって言うもんな」
ホンダ「らしいですね」
屋敷 「やりがいある?」
ホンダ「はい」
箸を置きながら、はにかむように笑うホンダ。
大倉 「そっかあ」
屋敷 「何よりだよねえ」
目じりが下がり、親戚のおじさんのように笑う二人。
〇牛鍋 荒井屋・個室(昼)
空になった鍋を前にビールをちびちび飲む大倉と屋敷。
ホンダは先に帰ったのか姿がない。
屋敷 「……言えませんでしたねえ」
大倉 「お前が言えばよかったじゃねえか」
屋敷 「大倉さんが言えないのに、俺が言えるわけないじゃないですか」
大倉 「だって、あんな顔見たらよ」
大倉がテーブルにひじをついてビールをあおる。
大倉 「言えねえだろ。ナカガワを被疑者として追ってるなんてよ」
〇黄金町 カラオケ屋・個室(夜)
個室で熱唱する会計課の早川。
やる気なくタンバリンを叩きつつ、デンモクを見る山本。
カラオケが終わる。
早川 「いやー、喉あったまってきたわ」
山本 「ドスきいてたねー」
早川 「ドスっていうなドスって」
山本 「あの刑事課から書類納期通りに全部回収してきた猛者は違うわ」
早川 「今月こそオンスケできっちり締めるからね」
山本が決められないといった表情でデンモクを触る。
早川がなくなりかけのドリンクをストローですする。
山本 「そういや聞いた?交通課のマリア、また男と別れたらしいよ」
早川 「で、で、で、でたー!明日また面白いじゃん」
山本 「マリアの涙の交通管制、あたし大好きなんだよね」
早川 「ひっでえ」
山本 「でも早川さんも好きっしょ」
早川 「だって面白いじゃん。涙声からだんだんしっかりしてくのに、思い出の地名になるとまたなんか涙声になるの」
山本 「怨念こもるんだよね。ン本牧…」
早川 「そうそう。今度の男は釣り好きかー、みたいな」
山本 「つか地元でデートすんなっつの」
早川 「渋谷行けっつの」
山本がイヒヒと笑う。
早川 「つーかドリンクおそくね」
山本 「あたしなんか、とっくにカラよ」
早川がよいしょ、と立ち上がる。
早川 「トイレ行ってくるわ。ついでに見てくるね」
山本 「よろしくでーす」
〇黄金町 カラオケ屋・廊下(夜)
早川が手前に向けて歩いてくる。
スマホをチラ見つつ足早に歩き、キッチンをのぞく。
人影はない。
早川 「すいませーん。頼んだドリンク全然来ないんすけどー!」
応答がない。
早川は眉をひそめるとキッチンをさらにのぞき込む。
カウンターの奥、床に伸びている人の足。
早川の表情が変わる。
伸びている足から視線でたどると血だまりがあることに気づく。
はっとして振り返る早川。
無人の廊下が伸びる。
カラオケにも拘わらず、無音である。
廊下の床に血でできた足跡があることに気づく早川。
足跡は扉が中途半端に開いた個室から続いている。
静かに壁に背をつける早川。
スマホを操作する。
早川 「……お疲れ様です。会計課の早川です。至急、応援願います」
スマホを切る早川。再度スマホを操作して耳に当てる。
早川 「山本。今すぐ個室に鍵かけろ」
〇神奈川県警・刑事部捜査一課(夜)
刑事たちが生瀬を中心に集まっている。
生瀬がぼやく。
生瀬 「2件も同時に起きるなんて本当嫌になっちゃうよ」
高橋が持っているタブレットで首筋を叩く。
高橋 「分担、どうします?」
生瀬 「武蔵小杉は瀧川、飯塚、黄。黄金町は高橋、ホンダ、テコエ」
ホンダ「えー、俺またっすか」
生瀬 「またって何」
ホンダ「黄金町って、それ絶対ヤクザ絡みでしょ」
生瀬 「適材適所」
ホンダ「はーい」
高橋、ホンダ、テコエが上着を持って刑事課から廊下に出る。
3人が歩きながら話す。
テコエ「ホンダさんって組対(ソタイ)の仕事好きじゃないんですか」
ホンダ「んー。別に事件は事件だからやるんだけどさ。組対は特定の相手がいて長く絡むじゃん。それがあんま好きじゃないのと、やっぱ市民相手のがいい」
テコエ「捜査一課だって殺人・強盗・強姦・放火じゃないですか」
ホンダ「起こすのも被害者も市民だろ」
高橋 「まあそれ言ったら暴力団も市民だけどな」
ホンダ「一回潜入しただけでそれ専門みたいになるのも経験広がらないし」
高橋 「それはあるな」
どやどやと歩きながら駐車場に向かう3人。
〇黄金町 カラオケ屋・個室(夜)
ソファに座る山本と早川。
二人ともややキレ気味な表情でふてくされている。
高橋が呆れて二人を見下ろす。
高橋 「なんで警察官が暴力団関係のカラオケで飲んでんのよ」
早川 「飲んでないですー。歌いに来てるだけですー」
山本 「だって安いんだもん。ポテトうまいし」
高橋が威嚇するように肩をそびやかす。
個室の扉を開けてテコエが入ってくる。
二人にペットボトルの水を渡す。
早川と山本が手刀を切りながら受け取る。
テコエ「2階、全滅ですね。合計6人です」
高橋が二人を振り返る。
高橋 「たまたま3階に通されたから無事だっただけで、危なかったぞ」
早川が肩をすくめる。
テコエ「早川さんも山本さんも、お酒飲まれないんですね」
高橋 「何言ってんだ。数年前の新年会で5次会で最後まで立ってた恐怖の二人だぞ」
早川 「あー、いうないうなそれ」
山本 「うちらそれで未だに機動隊からにらまれてるのに」
テコエがわけがわからないという顔をする。
高橋 「非番組が元日から飲んで大騒ぎして駅伝チームに怒られたんだよ」
早川 「会計は駅伝関係ないじゃん」
山本 「休みだもんうちら怒られる理由ないじゃんねー」
テコエが首をすくめる。
高橋 「(二人を指して)カラオケガチ勢だから喉のために飲まないだけ」
テコエ「なるほど」
所轄の刑事に呼ばれてテコエが姿を消す。
高橋が二人に向き直る。
高橋 「で?なんか異常とか気づいたことなかったの」
早川 「ドリンクが異常に来ないなって」
高橋 「それだけ?」
早川 「いや、逆にカラオケ来て周りの様子気にするとかある?人の部屋覗くなんて失礼でしょ」
高橋 「警察官だろ。それとなく気にしろよ」
早川 「するか」
早川がペットボトルのキャップを開ける。
早川 「で、下どんな感じ?」
高橋 「6人てことは、お前が見た以外にもあと2人死んでるな」
早川 「私が見たのはキッチン1人、受付1人、あと手前の個室で2人」
高橋 「どこかあと1部屋死んでるんだろ」
早川 「気づかなかったな」
早川が腕を組む。
早川 「監視カメラは?」
高橋 「まだ初動の初動よ?」
早川 「だって気になるじゃん。誰がいつどこからきてどうやったのか」
高橋 「俺だって気になるよ」
コンコンコン、と3回ノックがされ、サノが顔を出す。
サノ 「ご遺体搬出します」
高橋 「おう」
高橋が二人を振り返る。
高橋 「二人とも一緒に帰って。あと自分で調書書いて出しといて」
早川 「自分で書くの」
高橋 「それを俺の名前で出す。それが一番早い」
山本 「さすがにご遺体と乗るのはムリ」
高橋がジャケットから車のカギを取り出して投げる。
早川が両手で拝むように受け取る。
高橋 「あとで返して」
早川 「うっすうっす」
〇ナカガワの自宅(深夜)
ナカガワがデスクに向かっている。
モニターの電源は切られ、キーボードも奥に押し込まれている。
A4の紙が数枚乱雑に置かれ、ナカガワは無心で数式を走らせている。
感情が浮かばない、綺麗な横顔である。
部屋は白を基調にしたシンプルなインテリア。
写真などは一切ない。
窓ガラスを雨が伝っている。
〇神奈川県警・会議室(朝)
所轄の刑事数名、生瀬、高橋、ホンダ、テコエにサノが座っている。
壁際に早川が座っている。
サノ 「6名ですが、全員同一の刃物による刺殺ですね。2名が首をかき切られたことによる失血死、4名が胴体を刺されており、出血に加え、内臓もひどく損傷しています」
生瀬 「首ってことは」
サノ 「はい。プロの犯行だと思われます」
生瀬 「刃物の特定できる?」
サノ 「現場に落ちてたペティナイフです。多分キッチンに元々あったものじゃないかと」
生瀬 「あ、現場で調達するタイプ」
高橋 「証拠が残りにくいタイプですね」
ホンダ「これ、ターゲットは6名のうち、誰なんでしょうね」
早川 「普通に考えたら客の誰かじゃない?」
高橋 「予断じゃない?」
早川 「だって、店員だったら客殺す必要ないじゃない」
高橋 「店員だってどちらかは殺す必要ないだろ」
早川 「あるでしょ。顔見られてるんだから」
生瀬 「待って。早い」
早川 「あの店は雑居ビルの2階と3階がカラオケになってます。1階から階段上がったすぐのところに受付があるので、受付に見つからずに店に入ることはできません。また、一旦は手ぶらで来てキッチンでナイフを得たと仮定します。受付を殺したい場合、ナイフを取りに行ったキッチンで顔を見られるので、殺す必要があります。逆にキッチンを殺したい場合、受付に顔を見られるのでやっぱり受付も殺す必要があります。店員はどちらにしろ殺されます。また、客はそれぞれの個室で殺されているので、個室から出ていないと思われますから、犯人の顔は目撃していません。にも拘わらず殺されているので、客がターゲットだったと思われます。ターゲットを探しに1つ目の部屋に入ったけど違ったので殺さざるを得なくなり、2つ目の部屋でようやくターゲットを見つけたんじゃないですか」
生瀬 「ははあ」
高橋 「個室、どっちが先だと思う」
早川 「私なら受付抜けてキッチン殺して、受付戻って受付殺して、あとは手前の部屋から殺していくと思う。退路を断たれる方が怖いから武器を得た以降は順番に殺す」
高橋 「こういうことやってたことあるの?」
早川 「ゲームならね」
高橋 「奥の個室って被害者どんな人?」
テコエがなぜかややうろたえながら被害者写真をモニタに投影する。
テコエ「男子専門学校生2人組ですよ?プロに殺されるようなことします?」
早川が腕を組む。
早川 「おや?」
高橋 「ダメじゃん」
〇黄金町 カラオケ屋の前(昼)
店の前で車から降りてくる高橋、ホンダ、テコエ、早川。
やる気がなさそうな早川。
早川 「締め作業が滞ってるんすけど」
高橋 「いつも通り刑事部が提出遅れてると思えばいいじゃん」
早川 「また残業」
高橋 「どうせここしばらく閉まるんだからいいでしょ」
早川 「カラオケなくとも野球はあんのよ」
高橋 「ベイスターズ優勝しねえよ」
早川 「うるせえな!」
ホンダ「テコエ、監視カメラよろしくな」
テコエが片手をあげて管理室に向かう。
がやがや言いながら2階に上がる残りの3人。
〇黄金町 カラオケ屋(昼)
早川 「何がおかしいんだろうなあ」
高橋 「それを見に現場戻ってきてるんでしょ」
早川 「でも論理的に考えるなら、あれで合ってるはずなんだよ」
高橋 「じゃあ専門学校生が何かやらかしたんじゃないの?」
早川 「なんか、純朴そうないい子たちだったよね」
ホンダがあたりを見回しながら上がってきた階段を指さす。
ホンダ「早川さんって、3階から降りてきたとき、この階段使いました?」
早川 「ううん。奥の非常階段」
ホンダ「え?」
早川 「だって私がいた個室からだと奥のトイレ行ったらそのまま非常階段から降りた方が早いんだもん。一筆書きというか」
ホンダ「非常階段からすぐが専門学校生たちの部屋ですよね」
高橋がタブレットを見ながらうなづく。
ホンダが非常階段を指さす。
ホンダ「犯人の侵入経路、非常階段の可能性あります?」
早川 「ムリじゃないかな。1階は荷物とかゴミとか積まれてて出入り難しいと思う」
高橋 「消防法思い切り違反してるじゃん」
早川 「出たところで大岡川だから、狭いしあんまり現実的な避難ルートにもなってないんだよね」
ホンダが何かを考えながら指でルートを辿る。
高橋のスマホが鳴る。スピーカフォンで取る高橋。
高橋 「どう?」
テコエ(声)「監視カメラデータありました。鑑識に回します」
高橋 「誰か映ってる?」
テコエ(声)「はい、20時37分に男が出てきているのが映ってます」
高橋が顔を上げる。
高橋 「出入りは表の階段で決定だな」
ホンダ「そうですね」
高橋 「テコエ、データ転送したら上がってこい」
テコエ(声)「了解です」
早川が自分のスマホを見る。
早川 「20時37分って言った?」
高橋 「うん」
早川 「私通報したの20時25分」
スマホの通話履歴を見せる早川。
3人の間に沈黙が走る。
高橋 「……おい、本当やめろよ…」
ホンダ「よく無事でしたね本当に…」
早川 「危うく鉢合わせしてたわー、危なかったー」
高橋 「早川さん、通報した後どうしたんだっけ」
早川 「あたり警戒しながら部屋戻った」
ホンダ「入口にいたら殺されてましたね」
早川 「いや本当は現場保存兼ねてそこにいるつもりだったんだけど。山本が戻ってこいってギャーギャー言うからしぶしぶ」
高橋 「山本にお礼言え後で」
ホンダ「そういや山本さんどうしたんです今日」
早川 「なんかやっぱショックだったみたいで体調崩して休み」
高橋 「むしろなんで平気なの早川さん」
早川 「知るか」
ホンダが頭をかきながらあたりを見回す。
ホンダ「そうなると、早川さんが立てた犯人のルートが正しいとして、そこに3階から降りてくる早川さんのルートが重なるんですよね?」
高橋 「そうだな」
ホンダ「どこかで身を潜めてますよねこれ。じゃないとエンカウントする」
高橋 「なんで身を潜めたんだ大体」
ホンダ「さあ」
早川が急に真顔になって動きを止める。
その様子に気づくホンダ。
ホンダ「どうしました?」
早川 「気づいたんだ。だから隠れた」
高橋 「どこに」
早川が指を差す。
高橋 「専門学校生の部屋か」
高橋が部屋と早川を交互に見る。
早川 「私が来た。だから隠れた。そこに人がいた。だから殺した」
高橋 「なんで」
早川 「知ってたから。私が警察官だってことを」
ホンダが眉をひそめる。
高橋 「…誰が?」
がしゃんという音がする。
テコエ(声)「まだ規制中だから入らないでください!」
高橋が振り返ろうとすると早川が高橋を押しのける。
男が早川に体当たりする。
早川が男の肩をつかむ。
高橋 「早川!」
早川 「ホンダ!確保!」
はじかれたように動くホンダ。
男の後ろからつかみかかり、早川から引きはがすと壁に押し付ける。
早川の腹部に突き刺さる包丁。
高橋 「早川!」
早川 「ホンダ絶対逃がすな!そいつが犯人だ」
ホンダに加え、テコエも男を押さえつける。
早川 「…ここの、店長だよ」
早川が男をにらみつける。
早川 「お前、おやっさん裏切ったな」
〇黄金町 カラオケ屋の前(昼)
テコエとホンダが男を抱えながら降りてくる。
ホンダが男を車に押さえつけ、テコエが車のドアを開ける。
おやっさん「ようホンダ」
ホンダとテコエが振り返る。
おやっさんが一人で立っている。
おやっさん「その男、こっちに寄越してくれないか」
ホンダがおやっさんを見つめる。
ホンダ「……それは、できないです」
おやっさんがわからないという表情を浮かべる。
おやっさん「俺が俺の部下を自由にして何が悪い」
ホンダ「一般人が死んでるんです。組内だけで処理できる話じゃないんです」
おやっさん「お前らのせいでもあるんだぞ」
ホンダが真顔になる。
テコエがわからないという表情でホンダとおやっさんを見る。
おやっさんがテコエを見る。
おやっさん「今回のこれはな、三聯会の事務所つぶした返礼なんだよ」
おやっさんが男に向けて顎をしゃくる。
おやっさん「そいつが裏で三聯会とつながってるのはわかってるんだ。意趣返しで店つぶしやがって」
ホンダ「課長が頼んだんですか。若いのが頼りないから、代わりに三聯会やってくれって」
おやっさん「あいつは狸だから、俺とメシ食いながら情報流しただけだよ。でも意図はそういうことだろう」
ホンダ「だとしても」
ホンダがおやっさんを見る。
ホンダ「だとしても、こいつは渡せません」
おやっさんがホンダを見る。
おやっさん「俺を敵に回してもか」
ホンダ「はい。筋通せなかったら、警察が存在する意味がないんです。俺がこの仕事する意味がないんですよ」
おやっさんが静かに腕を組む。
しばらくの間。
おやっさん「じゃあ、ここまでだな」
ホンダ「すみません」
急ににこやかに笑うおやっさん。
おやっさん「いや、いいんだ。無理言ってすまなかったな」
おやっさんは片手をあげると二人に背を向けて歩いていく。
テコエ「……ホンダさん」
ホンダ「……行こう」
男を後部座席に押し込む二人。
〇黄金町 カラオケ屋(昼)
廊下の壁に寄りかかる早川。
早川の肩をつかむ高橋。
高橋 「救急車もうすぐ来るからねー。頑張ってねー」
早川 「ムリ。マジでなんか色々辛い」
高橋 「痛い?包丁抜く?」
急にかっとなる早川。
早川 「抜くか!出ちゃうだろ!血が!びゅっと!」
高橋 「ああうんうんそうだよね。そこまで言えるならまだ大丈夫ね」
早川 「変な話で人の意識レベル保とうとするなよ」
高橋 「うんじゃあついでにもう1つ話してもいい?」
早川 「なによ……」
高橋 「経費精算、いくつか提出わすれちゃった」
早川 「……いいよ、それは来月で。というかもうできないよ締め作業」
高橋 「そんな気弱なこと言わないでよ。早川さんならできるできる」
早川 「つーか、腹に包丁刺さってるのに仕事の話しないでよ」
高橋 「プライベートの話ならいい?」
早川 「ベイスターズなら優勝するよ」
高橋 「俺と結婚しない?」
早川の動きが一瞬止まる。
早川 「……私今、腹に包丁刺さってるんだけど?」
高橋 「包丁抜く?」
早川 「抜くか!」
遠くから聞こえる救急車のサイレン。
高橋 「あ、救急車来たよ。ほら頑張って階段降りてね」
早川 「……は?」
高橋 「だってエレベータないじゃない。あんな細い階段担架も通らないし」
早川 「……嘘でしょ」
高橋 「ほら肩貸してあげるから」
早川 「……もう二度とこの店来ない」
高橋 「そうそう、大手のチェーン店が一番」
のそのそと階段を下りていく二人。
〇神奈川県警・刑事部捜査一課に続く廊下(昼)
ホンダとテコエが捜査一課に向かって歩いている。
途中の会議室のドアが開き、生瀬が顔を出す。
いつもより表情が厳しい。
生瀬 「おう。ご苦労さん」
ホンダ「黄金町の件、ここから先は槙田さんのほうで持ってくれることになりました」
生瀬 「うん、俺が頼んだ」
ホンダ「え?」
生瀬 「お前ら、こっちのヤマ入れ」
ホンダとテコエが少しうろたえつつ、会議室に足を踏み入れる。
生瀬が二人に言う。
生瀬 「高橋から報告があって、早川さんも病院に搬送された。命に別状はないそうだ」
ホンダ「よかったです」
入口から会議室を見渡すホンダ。
捜査一課のメンバーのほか、鑑識、中原警察署の刑事が座っている。
今来たらしい二人の男が入口のそばに立っている。
大倉と屋敷である。
〇神奈川県警・会議室(昼)
いつもより広い会議室。
県警捜査一課、鑑識の河合、中原署の刑事数名が座っている。
警視庁の大倉と屋敷、他数名が逆サイドに座っている。
瀧川 「まず昨夜起きた事件です」
瀧川がパソコンを操作し、スライドを投影する。
芝生の上に倒れている男性。
瀧川 「昨夜20時頃、武蔵小杉の高級タワーマンションの敷地内で男性が倒れているのが発見されました。被害者の名前は鈴木拓也。34歳。外資系コンサルティングファームに勤めています」
男性の顔写真とプロフィールが大写しになる。
何気なく写真を見て、凍りつくホンダ。
瀧川 「被害者はこのタワーマンションの住人で、帰宅途中に刺されたものと思われます」
大倉がホンダを振り返る。
大倉 「見覚えあるか、ホンダ」
ホンダ「……でも、名字が違います」
瀧川 「(ホンダを気遣うように)マンションの敷地内や周辺にある監視カメラを確認しましたが、怪しい人物は確認されていません」
生瀬 「本件、一旦後回しにして、警視庁さんの話を聞こうか」
生瀬が真顔で話す。
生瀬 「大倉さんからね、依頼もらってたんだよ。こういう人物を探している。見つけたら連絡してほしい」
生瀬にいつもの笑顔はない。
生瀬 「見つける前に殺されてしまった」
ホンダが呆然とする。
ホンダ「……それ、まさか」
屋敷がパソコンを持って移動する。
瀧川からケーブルをもらい、プロジェクタに投影する。
屋敷 「我々が追ってる事件です。まず1件目は10日前。麻布の路上で男性が倒れているのが見つかりました。刺殺です。被害者の名前は田中健太。33歳。広告代理店に勤務していました」
事件現場の写真のあと、被害者の顔写真が映る。
ホンダがさらに目を見開く。
大倉 「知ってる顔だよな。ホンダ」
ホンダ「でもこいつも名字が違います」
大倉 「でも、ツラ見りゃ一発でわかるよな」
ホンダ「……」
大倉 「当然、俺らも気づいた。そして当然怨恨だろうなとも思った。財布も高い時計も残ってたしな。それで昔の仲間を洗った」
屋敷がスライドを変える。
路上で頭から血を流している男性。
屋敷 「伊藤大樹。33歳。初台の路上で倒れているのが見つかりました。23日前です。付近のビルから墜落死したものと思われますが、ビルとの距離から自殺ではなく、突き落とされたものとみて、新宿署が捜査していました」
屋敷がさらにスライドを変える。
屋敷 「渡辺亮。32歳。ええと、1か月半ほど前ですね。三田の交差点でトラックにはねられて死亡しています。この事件は当初、単純な交通事故として処理されていました。ただ、トラックの運転手はこう証言しています」
ホンダの蒼白な顔。
屋敷 「何かから逃げるように飛び出してきた」
ホンダが下を向く。
瀧川 「ホンダ、お前続き聞けそうか」
ホンダ「大丈夫です」
屋敷がスライドを変える。
被害者含めた5人の写真が並ぶ。
2枚だけ、昔の写真である。
屋敷 「東京の3件に川崎で殺された被害者も含め、この5人は前科があります。強姦です。11年前、大学構内のサークルの部室で女性を強姦、逃げ出した女性は勢い余って道路に飛び出し、乗用車に轢かれて亡くなりました。渡辺が死んだのと、同じ交差点です」
屋敷が女性の写真を映す。
屋敷 「亡くなったのは仲河美咲さん。当時18歳」
屋敷が気遣うようにホンダを見る。
屋敷 「ナカガワカツナリ君のお姉さんです」
〇神奈川県警・鑑識課ラボ(夕方)
入口を開けて疲れ切った顔で河合と中野が入ってくる。
奥ではサノが黄金町の事件のデータをまとめている。
中野 「……マジ、しんどいっすね」
河合 「そうだな」
中野 「ホンダさん、大丈夫っすかね」
サノがちらりと顔を上げる。
河合と中野が自分たちの席に座る。
中野 「河合さん、11年前の事件って覚えてます?」
河合 「まあまあ騒がれたからな」
中野 「俺、その時ちょうどアメリカで全然知らないんですよ」
河合 「お前帰国子女なんだっけ」
中野 「いや、親の都合で2年だけ」
河合 「有名大学での事件だったからっていうのもあって、しばらくワイドショーはその話ばっかりしてたな」
中野 「へえ」
河合 「それが今でもよくわからないんだけどさ。なぜか被害者が異常に叩かれたんだよ」
中野 「なんでですか」
河合 「わからん。なんか、玉の輿狙いだったんじゃないかとか、男好きだったんじゃないかとか」
河合がキーボードを叩き、過去の記事を検索する。
画面をしばらく眺め、うわあ、と顔をしかめる。
河合 「マジか」
中野 「なんですか」
河合 「被害者の親、死んでるのな」
中野 「え」
河合 「娘の事件の後、テレビやネット上での批判だけじゃなく、仕事先や近所でも色々言われたらしい。落書きだ投石だっていうような目立った嫌がらせはなかったようだけど、母親が精神を病んで、それで」
河合が言いづらそうに口をつぐむ。
河合 「夫婦で、車で相模湖に飛び込んだらしい」
中野が呆然とする。
中野 「ナカガワさん、家族全員亡くしてるってことですか」
河合が苦い顔でうなづく。
サノが立ち上がる。
二人がサノに気づく。
サノ 「何の話ですか」
河合 「武蔵小杉の殺人。ナカガワ君が有力な被疑者」
サノが驚いて黙る。
河合 「家族を死に追いやった復讐だと思う」
サノ 「ホンダ君はそれ」
河合 「さっき黄金町の事件から武蔵小杉の件に移された。知らないより、ちゃんと知らせた方がいいだろうって生瀬さんの判断で」
サノが無意識のうちに入口の方を見る。
河合 「今、生瀬さんが面談してる」
〇神奈川県警・廊下にある休憩エリア(夕方)
自販機の前の長椅子に生瀬とホンダが並んで座っている。
ホンダは缶コーヒーを握りしめたままうつむいている。
生瀬は気遣うような表情をしている。
生瀬 「ナカガワ君とは、古いの」
ホンダ「……高校からです。あいつの家、もともとは関西のほうで、姉ちゃんの大学進学に合わせて引っ越してきたんです」
生瀬 「そうなんだ」
ホンダ「俺とカツ、昔大倉さんに補導されてるんすよ。高校入るちょっと前、橋の上でヤンキーが喧嘩してて、それに巻き込まれて」
生瀬 「大倉さんに聞いたよ。現場行ったらお前とナカガワ君だけが立ってたって」
ホンダ「その時が初対面で、それで気が合って」
生瀬 「そっか」
ホンダ「家にも遊びに行って。俺ご家族全員会ってるんですよ。あんなにいい人たちだったのに、2か月後には全員いなくなってた」
生瀬 「うん」
ホンダ「名前。変えてたんですね」
ホンダが缶コーヒーを握りしめる。
ホンダ「どうりで、見つからないと思ってた」
生瀬 「探してたの」
ホンダ「だっておかしいじゃないですか。人が死んでるのに罪状は強姦だけ。懲役ついても結局執行猶予で、それも明けた瞬間完全に姿を消した」
ホンダが床を見つめる。
ホンダ「海外に行ったんだと思ってた。戻ってきたら絶対探し出そうと思ってました。でも名前変えて痕跡消して、ずっと日本にいたんですね」
生瀬 「そうだな」
ホンダ「カツの家族は全員死んだのに」
生瀬 「うん」
ホンダ「罪、償ったんですかね。それで」
生瀬 「うん」
ホンダが生瀬の顔を見る。
ホンダ「なんで俺をこの件に入れたんですか」
生瀬が苦く笑う。
生瀬 「隠しててもバレるし、隠したらお前勝手に動くでしょ」
ホンダ「……」
生瀬 「きちんと伝えたら、お前は間違わないと思ったからさ。入れた」
ホンダ「……」
生瀬 「でも、この期待がお前を苦しめてるとも思う。すまん」
ホンダがまたうつむく。
ホンダ「ありがとうございます」
生瀬 「礼なんて言うな。頼むから」
生瀬がぽんぽんとホンダの背中を優しくたたく。
〇神奈川県警・刑事部捜査一課(夜)
のろのろとホンダが捜査一課に入ってくる。
人気のない中、高橋が一人デスクに座り、パソコンを忙しく叩いている。
ホンダ「(生気のない声で)早川さん、どうですか」
高橋 「追い出された」
ホンダ「は」
高橋 「事件の話したら、とっとと戻れって」
ホンダ「黄金町ですか」
高橋 「あれは全部槙田さんに押しつけた」
ホンダ「じゃあ」
高橋が立ち尽くすホンダを見上げる。
高橋 「しっかりしろ!あと一人、主犯はまだ生きてるんだぞ。ナカガワ君に全員殺させるつもりか」
ホンダがぐっと詰まる。
高橋 「4人も5人も同じか?全員殺させてやった方が本人のためか?そう思うなら警察なんて辞めちまえ」
高橋がどん、とデスクを叩く。
高橋 「鈴木の会社は赤坂だ。なんでわざわざ武蔵小杉の自宅前で刺した」
ホンダ「……」
高橋 「神奈川だからだ。俺たちのテリトリだからだよ」
ホンダ「あいつ」
高橋 「気づいてほしいんだろ、お前に」
ホンダが高橋を見つめる。
高橋 「もうやめたいんだよ、こんなこと」
ホンダが自分の席に座る。高橋の隣である。
高橋はパソコンに向き直り、いくつかキーボードを叩く。
高橋 「主犯が今、なんて名前でどこにいるのかは、飯塚さんと警視庁が調べてる」
ホンダ「高橋さんは」
高橋 「規則性だ。一気に殺せばいいのに、妙な間隔が空いている。通常、期間を開ければ気づいたやつらが連絡を取り合い、警戒される可能性が高い。そこにナカガワ君が気づかないはずがない。なのにそうしてないなら、そこには理由があるんだ」
ホンダ「連絡、取りあってないんじゃないですか」
高橋 「そんなわけないだろ。唯一昔のことも話せる仲間だぞ」
仲間、という単語に表情がこわばるホンダ。
高橋 「……これかな」
ホンダ「なんですか」
高橋 「雨って言われて、お前何か心当たりあるか」
ホンダ「……美咲さんが亡くなった日が、雨でした。カツのご両親が亡くなった日も」
高橋がパソコンをホンダに見せる。
高橋 「事件があった日はどれも雨が降ってる」
ホンダが反射的に窓の外を見る。
窓を伝う水滴。
雨である。
ホンダ「……高橋さん」
高橋 「まずいな」
瀧川と飯塚が捜査一課に戻ってくる。
瀧川 「生瀬さんどこ?会議やれる?」
高橋 「そんな暇ないです。ナカガワは多分、今夜やります」
飯塚 「えー!なんで。今まで2日連続はなかったでしょ」
高橋 「雨の日にやるんですあいつは」
飯塚の顔色が変わる。
飯塚 「現在の名前は佐藤翔平。最近結婚して、なんと美しが丘の実家に戻ってるらしい」
高橋とホンダがほぼ同時に勢いよく立ち上がる。
高橋 「急行します。住所送ってください」
飯塚 「了解」
瀧川 「生瀬さんには伝える。急げ」
走り出すホンダと高橋。
〇美しが丘・佐藤の家(夜)
広く美しいリビングダイニング。
若い美しい女性が床にへたり込んでいる。
その前に立つナカガワの背中。
勢いよく扉を開けてホンダが滑り込んでくる。
ホンダ「やめろ!カツ!」
ゆっくり振り返るナカガワ。
ナカガワ「ホンダ君。遅いわ」
無表情でホンダを見るナカガワ。
ナカガワ「もう、殺してしもた」
ホンダの視線が下に下がる。
ナカガワの足元に転がる男性。
血だまりができている。
ホンダがあえぐ。
ホンダ「お前さ、なんで、こんなことする前に話してくれなかったの」
ナカガワ「いうたら止めるやろホンダ君」
ホンダ「止めるに決まってるだろ!」
ホンダがそっとナカガワに近づく。
ホンダ「……家族か。家族のためにやったのかお前」
ナカガワが呆れたようにホンダを見る。
ナカガワ「姉ちゃんたちが喜ぶわけないやろこんなこと」
ホンダが詰まる。
ナカガワ「雨が降るとな、頭ん中が言葉でいっぱいになんねん。言葉がぐるぐる回っておかしなってどうにもならへん」
ホンダに向き直るナカガワ。
ナカガワ「殺せ!殺せ!殺せ!なあ、この言葉をホンダ君は止めてくれるんか」
そっと姿勢を低くし、女性のほうに向かう高橋。
ナカガワは構う気配はない。
ナカガワ「どれだけ数式解いても、どれだけ考えるのやめようとしても止まらへんねん。それをホンダ君はわかるんか!」
ホンダ「言えば!言えば、わかろうとしたよ!俺は!」
ホンダが強い瞳でナカガワを見る。
ホンダ「カツがいっつも俺にやってくれてたみたいに!わかりたかったし、助けたかったよ!」
ホンダがナカガワの手を取る。
そっと包丁を握る手を両手で包む。
ホンダ「俺は、今まで、少しでもお前の支えになれたことがあったのか」
ナカガワの両目から涙がこぼれる。
ナカガワ「……ホンダ君がおらんかったら、ここまで生きてこれへんかったよ」
ナカガワの手を両手で押さえたまま、ホンダがうつむく。
〇美しが丘・佐藤の家の前(夜)
救急車やパトカーが集まり、ものものしい雰囲気。
救急車の後部ドアが開き、女性が毛布をかぶって座っている。
手錠をかけられているナカガワ。
両脇を瀧川と飯塚が支えながらパトカーに向かう。
ぼんやりとした表情でそれを見送るホンダ。
車が止まり、大倉と屋敷が降りてくる。
ナカガワを認め、痛ましいという表情。
大倉がホンダの元に歩いてくる。
大倉 「お前、大丈夫か」
ホンダがナカガワを見たままで話す。
ホンダ「大倉さん、気づいてたでしょ」
大倉 「何を」
ホンダ「雨の、法則性」
大倉が無表情になって黙り込む。
ホンダが大倉をにらむ。
ホンダ「どうして、止めなかったんですか」
大倉 「主犯残して逮捕されたりしたら、心残りだろうからよ」
ホンダが大倉の胸倉をつかむ。
大倉 「あいつ、新婚らしいな。ナカガワが一生刑務所から出られないのに、あいつはシャバで幸せに暮らすのか」
ホンダのこぶしを大倉がぽんぽんと叩く。
ホンダが大倉をにらみつけ、手を放す。
ホンダ「……俺、警視庁にはいきません」
大倉 「そうか。残念だな」
大倉はホンダの肩を叩くと車に戻っていく。
入れ替わりで高橋が戻ってくる。
高橋 「お前、もう今日は上がれ。はいさい亭で温かいものでも食って帰れ」
ホンダ「取り調べは」
高橋 「お前は同席させられん。わかってくれ」
ホンダ「……はい」
高橋がホンダの肩を叩く。
高橋 「はいさい亭の店長に席取ってもらってるから、必ず行け。ちゃんと飯食えよ」
ホンダ「はい」
〇美しが丘・佐藤の家の前のパトカー(夜)
パトカーの扉が閉められる。
ナカガワがそっと両目を閉じる。
〇(回想はじめ)高校の教室(昼)
とある教室。
授業を受ける生徒たちの後ろ姿。
ひときわ背の高い少年が背筋をまっすぐに伸ばして座っている。
机には何も出ていない。
それを机に肘をつきながら見守る窓際の少年。
授業が終わり、クラスを後にする生徒たち。
微動だにしない背の高い少年。
席を立たない窓際の少年。
忘れ物を取りに来た担任。
二人が残っているのを見て驚く。
二人の様子を見て、やがて何かを察し、持っていた教材を教卓に置く。
チョークを持って黒板に向かう。
担任 「えー、皆さんは、世界で一番美しいと言われる公式をご存じでしょうか」
担任が黒板に数式を書く。
$${e^{i\theta}=\cos{\theta}+i\sin{\theta}eiθ=cosθ+isinθ}$$
担任 「オイラーの公式です。この公式は三角関数、指数関数、虚数といった、それぞれ別の概念だと思われていたものが、実はつながっているのだということを一つの等式によって証明したものです。では説明していきましょう」
担任が黒板に数式を書いていく。
やがて、微動だにせずに聞いていた少年の頬に涙が伝う。
(回想おわり)
〇県警付近・沖縄料理屋はいさい亭の前(夜)
店の前にテコエが立っている。
バスタオルを抱えて、落ち着きなく右往左往している。
テコエ「ホンダさん」
雨の中、傘もささずにホンダが歩いてくる。
髪はびっしょり濡れている。
テコエは何も言わず、そっとバスタオルを肩にかけ、はいさい亭のドアを開ける。
店長 「いらっしゃい」
いつもの席に座るサノ。
その正面に無言で座るホンダ。
カウンターに向かうテコエ。
すでに座っている黄の隣に座る。
店長が黙って温かい料理を運ぶ。
誰も箸に手を付けない。
やがて、うつむいたホンダからすすり泣くような声が聞こえる。
サノ 「お疲れ様でした」
ホンダが崩れるように頭を抱え、号泣する。
サノがそっとホンダの肩に手を置く。
〇神奈川県警前から会計課、捜査一課へ(朝)
雲一つない、晴れ上がった空である。
県警に向けて、早川が歩いていく。
ゆっくりとした足取りである。
後ろからホンダが近づき、早川のカバンに手をかける。
ホンダ「今日から復帰ですか」
早川がホンダを振り返る。
精悍な顔つきである。
早川 「うん。締め作業が終わらなくて」
ホンダ「もっとゆっくり休めばいいのに」
早川 「経費の支払い止まるけど」
ホンダ「1、2か月止まったって大したことないですよ」
早川 「どうせ後で自分が苦労するだけだもん」
早川がホンダの顔を見る。
何かを言いかけてやめる。
ホンダ「何ですか」
早川 「髪切った?」
ホンダ「え?ああ、少し」
早川 「似合うね」
ホンダが礼を言うより早く、奥から高橋と生瀬が出てくる。
高橋 「早川さん、待ってた!」
早川 「私じゃないだろ、経費だろ」
高橋 「俺あれがないと死ぬ」
早川 「シンプルに死ね」
高橋がホンダからカバンを受け取り、早川とともに会計課へ向かう。
生瀬がホンダに近づく。
生瀬 「ホンダも今日から復帰。よろしくな」
ホンダ「はい。よろしくお願いします」
生瀬 「テコエが今日から本配属だから指導よろしくね」
ホンダ「あいつ、マジで捜査一課来るんですか。外事行けばいいのに」
生瀬 「仲間が増えるの、うれしいじゃない」
ホンダ「何が良かったんですかね。研修中ろくな事件なかったのに」
生瀬 「彼は色々、ちゃんと見てたと思うよ」
ホンダ「生瀬さん的にはアリですか」
生瀬 「あれは将来有望でしょ」
ホンダ「へえ」
捜査一課に向かうと、テコエが飛び出してくる。
テコエ「ホンダさん!おかえりなさい!今日からよろしくお願いします!」
瀧川 「ホンダー、おかえりー」
捜査一課の面々がそれぞれの席からホンダを出迎える。
生瀬が手を叩く。
生瀬 「はいじゃあ会議するよー。移動してー」
三々五々立ち上がる刑事たち。
カメラがだんだん引いていく。
-了-
提案書
第1話
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