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テレビ東京様へのご提案:オタクは推しのドラマが見たい 第1話

※どうしてもやってほしい役には役者本人のお名前を使っています。
※この物語はフィクションです。

登場人物

ホンダ コウスケ(26) 神奈川県警察刑事部捜査1課の刑事

生瀬(53) 神奈川県警察刑事部捜査1課 課長
高橋(38) 神奈川県警察刑事部捜査1課 主任

早川(38) 神奈川県警察総務部会計課

河合(32) 神奈川県警察刑事部鑑識
サノ(26) 神奈川県警察刑事部鑑識
中野(24) 神奈川県警察刑事部鑑識

テコエ(22)神奈川県警察新人
黄(22)  神奈川県警察新人

鄭(45)  神奈川県警察臨港警察署刑事課
田中(40) 神奈川県警察臨港警察署刑事課

監察医(65)

瀧川(45) 神奈川県警察刑事部捜査1課 
飯塚(42) 神奈川県警察刑事部捜査1課 

ナカガワ(26)大学院生。ホンダの高校の同級生
莉々(8)  孤児。中華街で手伝いをしながら小遣い稼ぎをしている

佐々木直之(46)不動産系企業の執行役員
佐々木美雪(40)直之の妻
佐々木せいら(9)直之の長女
佐々木けんと(5)直之の長男

あらすじ

主人公のホンダ コウスケは神奈川県警刑事部捜査1課に所属する刑事である。組織犯罪対策本部に出向し潜入捜査の任務についており、捜査終了と同時に捜査1課に帰任した。帰任翌日にみなとみらいのタワーマンションで殺人事件が発生。当初は子供による母親殺しとみられていたが、鑑識とともに丁寧に検証していくと子供には殺害できないことがわかってしまう。改めて証拠を洗い直したところ、犯人は父親であると推測されたが、状況証拠しかない。周到な準備の末、本人に事情聴取を行ったところ、父親が殺害を告白し…

本編

〇神奈川県警・廊下から刑事課へ(朝)

   赤い髪のホンダ コウスケ(26)の後ろ姿。
   周りに会釈しながら足早に刑事課へ進む。
   刑事課の中年の刑事たちがホンダを見てニヤリと笑う。

瀧川 「おお、今日から復帰か」
ホンダ「おざっす今日からですよろしくおねがいします」
飯塚 「髪の毛切れなかったのかよおー」
ホンダ「時間なかったし生瀬さんがいいって言ったから」
瀧川 「ヤクザに間違われんぞー」
ホンダ「もう町中にバレましたよ警察だって」
瀧川 「お前潜入向いてないねー」
ホンダ「途中まではいいとこ行ったんですけどねー」
飯塚 「いいとこいっちゃダメなのよー」

   刑事課の奥から主任の高橋(38)が出てくる。

高橋 「ホンダ、復帰早々、殺しだ」
ホンダ「現場は」
高橋 「みなとみらいのタワマン」

   高橋がつくづくとホンダの頭を眺める。

高橋 「せめてジャケット(は着ていけ)」
ホンダ「うっす」

〇みなとみらい・タワーマンションの内廊下(朝)

   廊下を行きかう警官、鑑識、刑事。
   その間をまっすぐに歩く高橋と後ろに付き従うホンダ。
   高橋が手元のタブレットを読み上げる。

高橋 「被害者はこのマンションの住人、佐々木美雪。40歳」
ホンダ「第一発見者は」
高橋 「管理人だ。朝エントランスの掃除をしていたら血まみれの子供がフラフラ出てきた」
ホンダ「子供」
高橋 「佐々木家の長女、せいら。9歳。一緒に自宅に行って発見した」

〇タワーマンションの中層階・佐々木家のリビング(朝)

   玄関から高橋とホンダが入ってくる。
   子供部屋では男女の子供が2人、警官とベッドに腰かけている。
   寝室では男性がベッドに座って頭を抱え、刑事に質問されている。
   リビングでは廊下に頭を向けて女性がうつぶせに倒れている。
   女性を監察医と鑑識が取り囲んでいる。
   さらにスーツ姿の刑事が2名、鑑識の後ろでメモを取っている。

高橋 「おはようございます。刑事部捜査一課の高橋です」
鄭  「おお、朝早くからご苦労さんです、臨港署の鄭(テイ)です」

   もう一人の刑事がホンダを見てニヤリと笑う。

田中 「見ろ、お前のせいだぞ」

   監察医の隣で話し込んでいた鑑識のサノが顔を上げる。
   後ろ向きにかぶった野球帽の隙間から青い髪がのぞく。

ホンダ「なんでお前まで染めてんだよ…」
サノ 「刑事が赤髪OKだったら、鑑識なんて何色でもいいでしょ」

   遺体を眺めていた高橋が監察医の隣にしゃがみ込む。

高橋 「先生、現場までお見えなんて珍しくないですか」
監察医「ぼくん家ここなのよ。朝コーヒー飲んでたら、パトカーいっぱい来ちゃったから、何かなって様子見に来たらこれ」
高橋 「時間と死因、わかりますか」
監察医「検死しないとなんともだけど、10時間は経ってないかなあ」

   監察医が周りを見回して高橋にこそっと話す。

監察医「あれでしょ、多分。」
高橋 「なんですか」
監察医「子供が刺したんだよ。腹。大人が刺すには低いもん、位置」

   刑事の隣に立っていたホンダが眉をひそめる。

ホンダ「子供が、母親を刺せるのか…?」

   かがみこんでいたサノがホンダの顔をチラリと見上げる。
   ホンダは顔をしかめたまま周りの刑事の話をスマホにメモしている。

〇臨港警察署・会議室(昼)

   捜査会議をしている。
   長テーブルを4台くっつけた形。
   上座には県警刑事部捜査一課課長の生瀬と臨港署刑事第一課課長。
   その並びに高橋、ホンダ、他刑事数名が座っている。(10名程度)
   壁のモニターに被害者の検死写真を投影する鑑識の河合。

河合 「検死の結果ですが、死亡推定時刻は昨日23時から24時の間。死因は腹部刺傷からの失血死ですね。遺体が動かされた様子はなく、現場で刺され、そのまま倒れたものと思われます」
生瀬 「何か不自然な点あった?」
河合 「特には。現場でもみ合って刺され、出血多量で亡くなったと」
生瀬 「(言いづらそうに)…で。子供?」
河合 「先生がおっしゃってた通り、位置が低いのは確かですね。しかも、下から上に突き上げているので、大人がこの傷を残そうとするのは結構厳しいかと」

   生瀬が苦い顔をして手を振ると、河合がモニターの画面共有を切る。

生瀬 「鄭君、家族について聞かせて」

   鄭がPCを操作し、モニターに画面を共有する。

鄭  「佐々木家は4人家族です。夫の直之は46歳。都内の不動産企業で執行役員をしています。子供は2名。長女せいら9歳、長男けんと5歳。夫の直之氏がいるのは不動産テックと呼ばれる、ITを活用して不動産取引の効率化を図る会社なのですが、昨日はシステムトラブルがあって対応に追われ、徹夜で復旧していたとのことで社員数名から証言が取れました」
生瀬 「アリバイがあるのか」
田中 「周辺に聞き込みをしたのですが、被害者の美雪氏はずいぶんな教育ママだったそうですね。常に子供にきちんとした服を着せて授業が終わるとすぐに下校させて、多分何かの習い事に週5で通わせていたんじゃないかと。公園やスーパーで子供を怒鳴りつける姿が何回も目撃されています。また、たまに家族で出かけている姿も見られていますが、おとなしい、気の弱そうな夫が完全に妻の、まあ、尻に敷かれているような様子だったらしいですよ」
生瀬 「家庭内に女帝として君臨してたわけだ」
ホンダ「だからと言って子供が刺したと断定するのは早いんじゃないですか」

   コンコンコンと3回ノックのあと、制服姿の女性警官が入ってくる。

生瀬 「あれ、会計課の。どうしたの」
早川 「高橋に頼まれて、子供の検査を」
高橋 「生活安全部が犯罪抑止キャンペーンで出払ってて」
生瀬 「で、何か喋った」
早川 「一切喋らないですね。まるで人形みたいです」

   河合のPCにUSBを差して画像を共有する早川。
   モニターにあざだらけの子供の背中が投影される。

早川 「せいら、けんと、ともに腹部、背中を中心に打撲痕が複数確認できます。先生の話だと日常的に暴力を振るわれていた可能性が高いそうです」
生瀬 「(呻くように)虐待かあ」
早川 「せいらはレイプ検査の結果は白。性的虐待は受けていなかったようです」
高橋 「(低い声で)お前、9歳にレイプ検査したのか」
早川 「(冷静に)本人が被害を申告しない以上、検査せざるを得ないでしょ」
鄭  「性的虐待の痕がないとすると、母親からの虐待がより疑われますね」
生瀬 「まあ、そうなるよねえ」
早川 「両名とも警官の監視のもと、今日は警察病院に1泊します。そのあと児童相談所に引き渡します」
生瀬 「ありがとう。お疲れ様」

   どうも、と会釈をして踵を返す早川。
   が、急に振り返る。

早川 「あ、捜査一課、上長の承認なかったんで先月の経費全部落ちますんで!」
生瀬 「あ、忘れてたあ!」
瀧川 「(うめくように)課長…!」

   スマホの画面を指ではじきながらぼんやりと考え事をするホンダ。

〇神奈川県警・捜査一課(夜)

   ホンダが自分の席で事件資料を確認している。
   椅子に大きくもたれ、ぼんやりと考え込んでいる様子。
   ホンダのスマホが鳴り、応答する。

ホンダ「…何」
サノ(声)「莉々(リリー)が弁当の配達にきたんで、ラボ来ません?ホンダ君の回鍋肉も頼んでおいたんで」
ホンダ「何、メシ食ってないのなんで知ってんの」
サノ(声)「まあ今日一日バタバタだったんで、どうせそうだろうなって」

   サノの後ろでガシャーンという音、女子のキーという声が聞こえる。

ホンダ「…何?ラボどうなってんの?」
サノ(声)「(笑い含みに)まあ、ちょっと、面白いことになってるんで、早く見に来たほうがいいと思いますよ」

〇神奈川県警・鑑識課ラボ(夜)

   天井の高い倉庫のような建物。
   その中に棚や様々な機材が並んでいる。
   入口の引き戸を開けてホンダが入ってくる。
   悔しがるような子供の声と笑う複数人の声。

ホンダ「サノー、来たぞー。」

   サノがオフィスチェアを回転させて振り返る。
   デスクに積まれた弁当を指さす。

サノ 「回鍋肉。650円後でくださいね」
ホンダ「LINE PAYでいい?」
サノ 「大丈夫です。ありがたいです」

   ホンダが空いているデスクに座り、割り箸を割る。
   弁当のフタを開けながら顎をしゃくり、奥を示す。

ホンダ「中野と莉々、何やってんの?」

   マネキンに向かって怒りながらタックルを決める少女。
   その奥でPCで計測画面を見つつ、笑いながら首を振る鑑識の中野。

ホンダ「あと、あれ誰」

   その脇の壁に2名の青年が並んで腰かけている。
   一人はアジア系、もう一人はアフリカ系である。
   アジア系は冷静に見ているが、アフリカ系はあくびをしている。

サノ 「まずあの二人は今年の新人。黄(ホワン)君とテコエ君です。研修終わったら外事に回すって言ってましたけど、今は鑑識で研修中ですね。ローテなんで、そのうち捜査一課にも行くと思いますよ」
ホンダ「テコエ、足速い?」
サノ 「(笑いながら)僕のほうが早いんじゃないかなあ」
ホンダ「で。莉々は何してんの。つかあれ何」

   マネキンにタックルしていた少女がキッとホンダを振り返る。

莉々 「ホンダ!嫌い!あれクソゲー!」
ホンダ「だからお前らは何してんのよ……」

   莉々の奥で計測していた中野がホンダを見やる。

中野 「俺最近3Dプリンター買ったんすよ。でそこらに捨ててあったマネキンの腹くりぬいて3Dプリンター使って樹脂で埋めて、被害者の傷痕を再現したんです」
ホンダ「んで」
中野 「んで、センサーとかいろいろ組み合わせまして、包丁で傷痕を一定の強さでヒットすると、まあ包丁危ないんで定規ですけど」

   中野がいくつかキーボードをたたき、エンターキーを押す。
   スピーカから「ピンポンピンポン!大成功ー!」という声。

中野 「これが鳴るって寸法なんです」
莉々 「鳴らない!」

   顔を真っ赤にして怒鳴る莉々。

中野 「鳴ったら1,000円やるつってもう1時間も試してるんですけどね」
莉々 「鳴らない!中野!クソゲー作りやがって!」
ホンダ「クソゲーとか言うのやめなさいね……」

   ホンダが弁当を口に運びながらサノを見やる。

ホンダ「これ、精度どれくらいなの」
サノ 「まあまあですね。マネキンは関節調整して身長揃えましたし、莉々が8歳の割にはでかくて、長女と身長2㎝しか変わらないんで」
ホンダ「で、ヒットしないと」
サノ 「135㎝には低すぎるみたいです」
ホンダ「じゃあ長男?」
サノ 「5歳でしょ。あそこまで刺さるほどパワー出ないんじゃないかなあ」
ホンダ「つまりどういうこと?」
サノ 「鑑識で再現する限りは子供が母親を刺すのは難しいってことです」
ホンダ「でもあれじゃん、火事場の馬鹿力とか」
サノ 「なんでもそれで片づけすぎません?物理的にない力は出ないですよ」
ホンダ「たしかにね…」

中野 「はい莉々、タイムアウトー。1,000円チャレンジ失敗でーす」
莉々 「ふざけんな!」
中野 「参加賞はぶどうジュースでーすお疲れさまー」

   莉々が足を踏み鳴らしながら出口に向かう。
   ホンダの脇をすれ違いざま、ホンダの脛を蹴る。

ホンダ「いって!お前!莉々!」
莉々 「ホンダ嫌い!ピーマン残すな!バカ!」

   荒々しく地面を踏みならし、勢いよくドアを閉める莉々。
   中野に手招きされてテコエがマネキンに向かい合う。
   なにか小芝居をしているようだが聞き取れない。

サノ 「莉々、なんか心配してたみたいですよ。潜入捜査」
ホンダ「俺、8歳児に心配されるの……?」
サノ 「中華街の大人は色々言ってたみたいだし、莉々の親の時もホンダ君、まっすぐ犯人に向かって突っ込んでいったでしょ」
ホンダ「……まあ、それは」
サノ 「莉々はホンダ君のお嫁さんになる気満々らしいんで」
ホンダ「18離れてんぞ」
サノ 「年頃になったら我に返るんじゃないですか。電話鳴ってますけど」

   サノがホンダのスマホを指さす。
   ホンダが発信者の名前を見て慌ててスマホを取る。

ホンダ「やべ、カツ、ごめん俺完全に忘れてた」

   サノがちらりとホンダを見る。

ホンダ「いやこっち事件起きちゃってさあ、バタバタで、本当ごめん」

   サノがホンダに手を振り、余っているもう一つの弁当を差す。

サノ 「河合さん帰っちゃったんで弁当余ってますよ。ナカガワさんでしょ」

   ホンダがスマホの下半分を手で押さえる。

ホンダ「いいのか」
サノ 「普段も別に見学とか受け付けてますしね。莉々も来てるし」
ホンダ「カツ、ごめんお前こっち来ない?県警の鑑識ラボ。地図送るわ」

〇神奈川県警・鑑識課ラボ(深夜)

   まだテコエがマネキン相手に格闘している。
   中野はマネキンをテコエに任せてデータ整理をしている。
   黄は中野の隣でいろいろ質問している。
   ホンダとサノは雑談している。
   音を立てて入口が開き、背の高い青年が入ってくる。

ナカガワ「ホンダ君、マジえぐいわあ。ここ県警ちゃうやん」
ホンダ「ごめんカツ、本当ごめん」

   ホンダが片手で手刀を作って謝りつつ、ナカガワを招き入れる。
   サノがナカガワに弁当を渡す。

サノ 「鑑識のサノです。お噂はかねがね」
ナカガワ「飲み会すっぽかされたナカガワです。ホンダ君の高校の同級生で、今は大学院生やってます」
ホンダ「ハカセよ、ハカセ」
ナカガワ「ハクシな。あと博士課程なだけでまだ博士ちゃうから。ところで」

   ナカガワが奥のテコエとマネキンを見やる。
   テコエはマネキンを相手に漫才をしている。

ナカガワ「あれなんなん」
サノ 「毎回誰かが来るたびに説明しないといけないことに気づいた」
中野 「あー、これはですねー」

   ナカガワ、中野に導かれるようにして奥に進む。
   ナカガワ、テコエとマネキンを見ながら真剣に中野の説明を聞く。

サノ 「こう、思ってた以上にいろいろなことに疑問を持たない人だね」
ホンダ「マジでいいやつなのよあいつ」
サノ 「で、ホンダ君は実際どう思ってるんですか、今回の事件」

   サノがホンダを見つめる。
   ホンダは納得がいかないように腕を組む。

ホンダ「父親はアリバイがあり、母親は日常的に子供を虐待。長女は血まみれで発見されて口を利かない。完全に子供が母親を殺してるよな」
サノ 「状況証拠的にはそうなりますね」
ホンダ「莉々ならわかるのよ。母親に殴られても、あのあふれる生命力で立ち向かう姿がめっちゃ想像つく」
サノ 「あの子、いうて立ち回りうまいんで、そもそもそんな目に遭わないですけどね」
ホンダ「けどさあ、あの人形みたいにすべての反応を失ってる子供が、それやるか?っていう」

   ホンダが椅子の背もたれに大きく体を預ける。

ホンダ「あとまあ、やっぱり子供が親を殺すっていうのを信じたくないんだろうなあ。予断だわ、俺の」

   サノが冷静にホンダを見つめる。

サノ 「つまり、ホンダ君はほぼ感覚的に受け入れられないんですよね」
ホンダ「まあね」
サノ 「俺は、ホンダ君のそういう感覚って結構バカにできないと思って」

   ナカガワが一人でマネキン相手に格闘を始める。
   テコエは肩を回しながら中野や黄とデータを見る。
   芳しくないという顔でお互いを見る3人。

サノ 「それで実際中野とモデル作って莉々で試してみたら、やっぱり成功しないんですよね」
ホンダ「火事場の馬鹿力じゃねえの」
サノ 「科学捜査を本分とする身としては賛成しかねますね」

   突然フロアに響き渡る「ピンポンピンポン!大成功ー!」
   中野と黄、テコエが呆然と立ちすくむ。
   ホンダとサノがお互いの顔を見合わせてフロアの奥を見る。
   ナカガワがきょとんと立ち尽くしている。
   だんだんと事態が飲み込め、慌てだすナカガワ。

ナカガワ「いや、俺ちゃうで?アリバイあるで多分」
中野 「自首するなら今ですよ」
ナカガワ「やってへんて」
テコエ「こんないいひとそうなのに、人って見た目によらない」

   何かに気づいたホンダ。
   助けを求めるようにホンダを見るナカガワ。

ホンダ「カツ。お前身長何センチ?」

〇神奈川県警・会計課(深夜)

   デスクで残業する早川。
   カウンター越しにお願いポーズをする高橋。

早川 「お願いされてもダメだっつの」
高橋 「先月の経費がないと俺飢えて死ぬ」
早川 「シンプルに死ね」
高橋 「早川さーん」

   煩わしそうに顔を上げて高橋に向き直る早川。

早川 「つーかこっちが何回催促したと思ってんの甘えるのもいい加減にしろ県民が払ったなけなしの税金だぞわかってんのか」
高橋 「だって次々に事件が起きるからあ……。課長もずっと残業だし」
早川 「こっちだって残業だわお前らのせいで」

   高橋がカウンターに置いたタブレットをチラ見する早川。
   がたがた騒いだせいでカバーが外れ被害者の写真が表示されている。

早川 「それにしてもよかったよね子供殴ったのが母親じゃなくて」
高橋 「……は?」

   早川は気にせず会話はこれで終わりとPCに向き直る。
   高橋が身を乗り出す。

高橋 「早川さん、なんでわかるの母親じゃないって」

   早川が煩わしそうに高橋を見る。

早川 「手」
高橋 「手?」
早川 「あざができるくらい強く殴ってるなら、殴ったほうの手も無事じゃないでしょ。同じ力がかかるんだから」
高橋 「そうだ」
早川 「母親の両手は綺麗。子供に残ったあざより早く母親のあざが消えるなんてありえないから、虐待の犯人は母親じゃない」

   高橋が慌ててタブレットの被害者女性の写真をスクロールする。
   検死写真の手の甲を拡大する。
   きれいな手が映っている。

早川 「それにあざ見るとだいぶこぶしが大きいんだよね。私より大きい。私が165あって母親はいくつ?」
高橋 「158」
早川 「個体差あるとは思うけどさ、普通小さいでしょ私より」
高橋 「早川さんてさ」
早川 「うん」
高橋 「どこでそういう知識入れるの?三浦半島仕切ってた時の経験?」
早川 「その話したら殺すからねマジで」
高橋 「じゃあ逆に母親がこぶし傷つけずに殴る方法ある?」
早川 「あるとしたらメリケンサックとか?」
高橋 「でもメリケンサックつけたら子供の傷、もっとひどくならない?」

   早川が少し考えるように上を向く。

早川 「ああ、じゃあ皮のじゃない?バイク乗りが怪我防止で使うやつ」
高橋 「皮!」
早川 「ナックルガードがついたグローブ」
高橋 「バイク用のグローブか」
早川 「でもボクシングのグローブと一緒で、あれであざつけようとするとめっちゃ力いるよ。あの(腕の)筋肉だと無理じゃない?」
高橋 「そういう情報ってどこで仕入れるの!やっぱチャンプロード?」
早川 「うるせえな!」

   ホンダが小走りで会計課に走りこんでくる。

ホンダ「高橋さん、なんで会計課にいるんですか」
高橋 「経費精算の交渉だよ」
ホンダ「犯人、子供じゃないです。それどころかもっと大柄」

   早川がチラっとホンダを見る。

高橋 「それって例えば身長180くらい?」
ホンダ「……高橋さん、どうしてそれ」

   高橋がホンダの肩を叩いて歩き出す。

高橋 「行こう。課長に話に行くぞ」

〇タワーマンションの中層階・佐々木家のリビング(昼)

   ダイニングテーブルの椅子に腰かける佐々木直之。
   腰をかがめ、祈るように手を顔の前で組んでいる。
   テーブルをはさんで立つ高橋。
   ホンダは何やらうろうろしている。

高橋 「捜査進捗のご報告のお時間をいただきありがとうございます」
佐々木「……やっぱり、せいらがやったんでしょうか」

   高橋がタブレットを操作する手を止める。

高橋 「普通、子供が無事かを聞きませんか?」

   佐々木が体を折り曲げたまま、のろのろと顔を上げる。

佐々木「……すみません。混乱してしまって。子供たちは元気ですか」
高橋 「ショックが強く、解離性障害が出ています。こちらからの応答にはほとんど反応がありません」
佐々木「そうですか」
高橋 「食事など最低限は取れていますが、回復には時間がかかると思います」
佐々木「そうですか」

   うろうろしていたホンダが紙袋を持って戻ってくる。

ホンダ「あの、すみません、佐々木さん。子供の服ってこれだけですか?」
佐々木「……?」
ホンダ「着替えですよ。児童相談所にもありますが、着慣れたもののほうがいいでしょう。でもクローゼットにほとんどなくて」
佐々木「……そうしたものは妻がやっていたので」

   ホンダはふーんと言いながら台所にズカズカ入って冷蔵庫を開ける。

佐々木「ちょっと」

   ホンダが冷蔵庫を開けたまま振り返る。

ホンダ「佐々木さん、最後に買い物行ったのいつですか。ほぼカラですよ」

   佐々木がわけがわからないという表情を浮かべる。

佐々木「そうしたものも妻が」
ホンダ「経済DVって知ってます?」

   佐々木が動きを止める。

ホンダ「生活費、ほとんど渡してなかったんじゃないですか?」
佐々木「そんなことはありません。ちゃんと入れてました」
ホンダ「月5万円?それで家族がやっていけると思います?」

   高橋が咳ばらいをしてタブレットを操作する。

高橋 「大変申し訳ないのですが、ご夫妻の財政状況を調べさせてもらいました。奥様は結婚前にためていた貯金がほぼゼロになっていました。そして佐々木さん、あなたは」

   高橋が佐々木をまっすぐ見つめる。

高橋 「毎月給料日になると5万円、ATMから引き落としていた。これを奥様に渡していたんですね。生活費として」

   佐々木が高橋をにらみ返す。

高橋 「あなたは朝から晩まで会社で過ごしていた。自分の食べ物、自分の着るものは自分の給料から好きなだけ使っていた。一方残された3人は1ヵ月5万円です。一日あたり一人550円ですよ?こんな金額でやっていけるわけがない。奥様は自分の貯金を切り崩して何とかしていた。一時期パートもしていたようですが短期間で辞めている。あなたにバレて、叱られたんですね。新興IT企業の役員の妻がパートなんて外聞が悪いと」

   高橋がタブレットに目を落とす。

高橋 「近所の人が見ていました。スーパーで、公園で、奥様が激しく子供を叱っていたと。スーパーでは子供がおかしを食べたいと駄々をこねていたそうです。公園では砂場で泥遊びをして洋服が汚れてしまった。とても子供らしい行動です。でも奥様は必死だった。お菓子なんて買ったら予算が足りなくなってしまう。泥で汚してしまったら、替えの洋服はない」

   ホンダが紙袋の中身を佐々木に見せる。
   ほとんど何も入っていない。

ホンダ「子供の服が、今着ている分も含めて3セットしかないなんて異常ですよ」

   佐々木がぐっと奥歯をかみしめる。

高橋 「佐々木さんは再婚だそうですね。群馬に前の奥様がいらっしゃるとのことだったので、所轄が話を聞きに行きましてね」
佐々木「別れた妻は関係ないでしょう」
高橋 「話にならなかったそうです」

   高橋がタブレットから顔を上げ、佐々木を見る。

高橋 「何を聞いても私が悪い、申し訳ありませんでしたと畳に頭をこすりつけるんだそうです。お母さまによると結婚前は快活な女性だったそうですね。それがある日子供ができないからと実家に戻ってきて、娘さんは壊れていた」

   佐々木は無表情に高橋を見る。

高橋 「モラハラっていうんですってね。奥様の行動一つ一つに口を出し、否定し、縛り、本人の自尊感情を壊していく」
佐々木「私はただ妻の至らない点を正していただけです」
高橋 「自分の思い通りになる人形がほしかっただけでは?」

   高橋が家を見渡す。

高橋 「人気の北欧家具に高級ブランドの食器。ワインセラー。あなたを知らない人が見ても、ああここは会社の役員が住む立派なお宅なんだなと思うでしょう。僕らもそう思いました。まるでモデルルームみたいだなって。あなたはこのモデルルームにふさわしいマネキンを配置したかったんですよね。そのために月5万円払っている感覚だった。でも奥様とお子さんは、人間だったので、こんな生活には耐えられなかったのでは?」

   佐々木は相変わらず無表情に高橋を見つめている。

高橋 「奥様の実家にも話を聞きました。最近変わったことはなかったかと。そしたらずっと音信不通だったのに10年ぶりに急に連絡してきて、それが借金の相談だったそうです。奥様のご両親は断ったそうですよ」

   佐々木が苦虫をかみつぶしたような顔つきになる。

高橋 「このところ、奥様から相談されていたんじゃないですか?離婚したい、もうこの家を出たいと」

   ホンダが台所から戻ってきて高橋の隣に立つ。

高橋 「ホンダ。あれ出して」
ホンダ「はい」

   ホンダが紙袋からビニル袋に包まれた手袋を出した。

ホンダ「管理人さんにお願いして、このマンションで出たすべてのゴミを調べました。隣のタワーのゴミ捨て場から出てきましたよ。これ、あなたのですよね」

   高橋がタブレットを佐々木に差し出す。
   SNSに投稿された写真。佐々木がバイクにまたがっている。
   その手元にはホンダが差し出したのと同じ手袋。

ホンダ「鑑識の簡易鑑定ですが、血痕が付着していました。DNAはこれから調べますが、多分美雪さんのものと一致するでしょう。付着具合から見るに、犯人はこの手袋をはめて犯行に及んだようです」
高橋 「あなたは普段、バイクで通勤しているそうですね。管理人に聞くと、数日前から駐輪場からの通用口の監視カメラが壊れていたそうで、犯行当日の録画もできていませんでした。あなたは奥様に離婚を申し立てられて、殺害を計画し、カメラを壊したのではありませんか?」
佐々木「手袋だけで私が犯人だと?押し込んだ強盗が私の手袋をつかったのかもしれないじゃないですか」
高橋 「強盗に押し入られた形跡はありません。手袋を使ったなら素手で入ったことになりますが、この家には家族以外の指紋掌紋は一切出なかった」
佐々木「でもあの刺し傷は」
高橋 「あれはあなたが刺したものです」
佐々木「断定できない」
ホンダ「美雪さんと同じ背格好の人形を作って、あと、関係者全員と同じ背格好の人間を用意して実験しました。家族、隣の家の人、管理人、学校の先生まで。唯一、人形に美雪さんと同じ傷跡をつけることができたのが身長183㎝の男性でした」

   佐々木がホンダを見上げる。

高橋 「直之さん、身長おいくつですか」
佐々木「185㎝です」
高橋 「あの傷は、奥様と30㎝近く身長差がある人間が、後ろから覆いかぶさるように立ち、包丁を腹部に突き立てたときにのみ、できる傷です。あの夜、あなたとの話し合いが膠着し、リビングを出ていこうとした奥様に後ろから覆いかぶさるようにして刺したんですね」

   佐々木は黙って二人をにらみつけている。

高橋 「あなたの部下に聞きましたよ。犯行当日、実は2時間ほど姿が見えない時間があったそうですね。あなたはデータセンターに行ったと言っていた」
ホンダ「なんで刺したんですか」

   佐々木がぼんやりとホンダを見る。

ホンダ「前の奥さんと同じように、出たいっていうなら、出してあげればよかったじゃないですか」
佐々木「そんなことしたら、この家からパーツが足りなくなるだろう」

   ホンダが絶句する。

高橋 「パーツ。あなたがパーツと呼ぶ奥様ね。あなたが出て行ったとき、まだ生きていたんですよ。」

   佐々木が高橋を見る。

高橋 「せいらさんの洋服についた血痕からうちの鑑識が姿勢を割り出しましてね。多分出血する腹部を両手で押さえて、助けようとしていたんじゃないかと言うんです。そうして母親が息絶えた後は母親に寄り添うようにして胸の中でうずくまっていたんじゃないかと」

   佐々木は変わらず無表情で、なんの興味も感じられない。

佐々木「それが、どうしたっていうんですか」

   高橋はタブレットを閉じると佐々木に手を出した。

高橋 「署までご同行願えますか」

   のっそりと立ち上がった佐々木は高橋とホンダが見上げるほど高い。

〇児童養護施設愛育園の前(昼)

   愛育園の前に乗用車が止まっている。
   運転席にはホンダ。助手席に高橋。
   ホンダはハンドルに両手を持たれかけて誰かを待っている。
   高橋は助手席でタブレットを見ている。

ホンダ「あいつマジなんだったんですかね」
高橋 「んー?」
ホンダ「佐々木ですよ。正直最後までキモかったです」
高橋 「自分以外の人間は、人間だと思えないんだろうね」
ホンダ「最低すね」
高橋 「いるじゃんそういうやつ」
ホンダ「あいつ、なんで奥さんには暴力振るわなかったんですかね」
高橋 「検察が調べてるんじゃない?」
ホンダ「投げやりっすね」
高橋 「知りたくもないよあんなやつの心理」
ホンダ「確かに」
高橋 「あの家さ、チリ一つ落ちてなかったじゃん」
ホンダ「はい」
高橋 「子供の服も泥んこ遊びした形跡なく真っ白だったよな」
ホンダ「美雪さん必死で漂白したんでしょうね」
高橋 「白く美しくないと佐々木がキレるんだろうな」
ホンダ「うわキモ」
高橋 「子供の世話しないからあざなんてついても見えないじゃん」
ホンダ「うわ」
高橋 「でも奥さんの体はきっと佐々木の視界に入るんだよな」

   ホンダと高橋がお互いを見る。
   ホンダが顔をしかめてハンドルに突っ伏す。

ホンダ「うわキモ。最低。高橋さんマジ最低」
高橋 「俺じゃないよ。あと一つの可能性だよ」
ホンダ「最低。マージーで聞きたくなかった俺」

   ホンダがハンドルの上に顔を起こす。

ホンダ「せいらとけんとにとっては、どういう親だったんでしょうね、美雪さん」
高橋 「さあな。ただ、中野の仮説聞く限り、寄り添いたい親ではあったんじゃないの」
ホンダ「だといいですね」
高橋 「何がいいんだ。結局死んでるんだぞ」
ホンダ「はは。本当それ」

   愛育園の前にワゴンが止まる。
   制服の警察官に手を引かれて降りてきたのはせいら・けんと姉弟。
   ホンダと高橋も自動車から降りようとして後部座席から紙袋を取る。

高橋 「お前も?」
ホンダ「はい、俺もっす」

   それぞれ紙袋を持って降りる二人。
   愛育園の門の前には莉々が腰に手を当てて仁王立ちをしている。

莉々 「あんたがせいらとけんと?」

   せいらはきょとんとして莉々を見つめている。

莉々 「あたし、あんたたちよりちょっと長くいて詳しいから!いろいろ教えてあげるから!」

   せいらとけんとの後ろで笑いをこらえるホンダと高橋。

高橋 「見本みたいな先輩風だな」
ホンダ「頼もしいは頼もしいですけどね」

   莉々がホンダと高橋を見て何か言おうとする。
   するともう一台の自動車が止まり、中から生瀬課長が降りてくる。

生瀬 「おー!莉々!久しぶりだな!今日はみんなにプレゼント持ってきたぞ!」

   生瀬が後部座席からたくさんの紙袋を掲げる。

生瀬 「全員分!おじさん洋服買ってきたぞ!」

   ホンダと高橋が生瀬を振り返る。

ホンダ「課長も?」
高橋 「しかも全員分?」

   莉々が腕を組んで二人を見上げる。

莉々 「あんたたち、新入りの分しか持ってこなかったでしょ」
ホンダ「あ、はいすみませ」
莉々 「そういうとこなのよ」

   やれやれと言いたげに首を振ると生瀬に向かって駆けていく。

莉々 「みんなー!生瀬のおじさんがプレゼントだってー!」

   園から次々に子供たちが走ってきて生瀬のもとへ向かう。
   ホンダと高橋はお互いを見て苦笑いする。

〇県警付近・沖縄料理屋はいさい亭(夜)

   鑑識のサノとホンダ、ナカガワがテーブルについている。
   奥のカウンターでは黄とテコエが飲んでいるようだ。

ナカガワ「なあ、なんで奥さんの実家、子供ひきとらんかったん?」
ホンダ「娘の子供ではあるけど、結婚して以来10年実家と連絡とってなかったから生まれたことも知らなかったし、正直加害者の旦那の子供にしか見えないって、引き取り拒否」
ナカガワ「ほんなら加害者の親が引き取ったらええやん」
ホンダ「あんな出来の悪い子供、自分の息子ではない。したがって残された子供も自分の子孫ではない」
サノ 「超理論」
ホンダ「それ」
ナカガワ「なんやそれ胸糞わる。おれやったら絶対引き取るわ。家族やもん」

   ホンダがちらっとナカガワを見る。
   奥から店長がビールジョッキを運んでくる。

店長 「はいさーい、お待たせー!オリオンビール3つー!」
ホンダ「あー!俺マジで久しぶりにビール飲む!」

   サノが店長からビールを受け取り、ホンダ、ナカガワに手渡す。

サノ 「今回はナカガワさんのおかげで事件解決に至りました」
ナカガワ「なんも。おれただ飲み会すっぽかされただけよ」
ホンダ「もー、それ言うなよー。今日おごるからさー」
サノ 「じゃあ事件解決とナカガワさんへの感謝を込めて」
3人 「カンパーイ!」

-了-

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