藍のメモ2
制服のネクタイは少し窮屈で、ぼくは下校時にはいつも外してしまう。
教科書やノートが所狭しと肩を並べているかばんの隙間に、えんじ色のネクタイを押し込む。しわにならないように、でもじゃまだと言わんばかりに。
藍ちゃんは本当によくネクタイが似合うのね。はじめて制服に袖を通した日、かーさんは目尻を下げながら、そう言ってぼくのネクタイを締めた。ネクタイなんて今までふれたこともなかったぼくに、締め方を教えてくれたのはかーさんだ。その時はまだ、ぼくの目線はかーさんの頭の先くらいだった。今はもう、すっかり見下ろすくらいにぼくの身長は伸びてしまった。
「藍ちゃんは、隆志さんに似てきたわ」
ぽつりとそうつぶやいたのを、ぼくは聞き逃さなかった。でもおそらくそれは、聞いてはならなかったことなのだろう。かーさんはいつものごとく、花のような晴れやかな笑みを浮かべ、できた!と目を細めた。
ぼくと紺は、鏡でも見ているかのように同じ顔をしている。性別も、身長も、身体つきも、そして性格も全く違うのに、顔だけは嘘のようによく似ている。ぼくがとーさんに似ているということは、おのずと紺もそうだということになる。しかし、どう見ても紺ととーさんは似ていない。
ということは、ぼくの持つ何かが、とーさんを思い出させるということなのだろう。かーさんにとって。
校門を少し過ぎたイチョウ並木の下に、その美しさにさえ関心がないような顔をした紺が座っている。無表情で、遠くを見つめる、いつもの紺。花が咲こうが散ろうが、そんなことはまるで自分の人生には関係がないかのような顔をした、ぼくの双子の姉。
「なにしてるの」
愚問とわかっていても、言わずにはいられなかった。学校の帰りではなければ決して座らないような、色褪せた木のベンチ。鍵はとうの昔に錆びている。
「イチョウを見てるのよ」
他になにがあるの、という驚いた顔で紺はぼくを見る。なぜそんなこともわからないの、と言わんばかりに。
「だろうとは思ったけど」
「帰ろう。もうじゅうぶん見た」
紺は立ち上がって、スカートをはたいた。信用していないのだ、木のベンチのことを。
紺は振り返って、イチョウの木を見上げる。
「きれいだわ」
今度はぼくが驚く番だ。
なににも関心がないような顔をしていたのに。表情は変わらないが、そこには明らかに心がこもっている。本当に、美しいと思っているのだ。
「帰ろう」
もう一度そう言って、紺は歩き出した。
黄色いふかふかの、イチョウのじゅうたん。さ、さ、さ、と音を立てながら、紺はざくざく歩く。長い脚。有無を言わさぬ歩幅。惜しみなく、じゅうたんの上を闊歩する。
もうすぐ冬がやってくる。その時紺は振り返って、なんとつぶやくのだろう。かーさんとよく似た、つぶやき方で。
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