ハコニワ

吉川キイロ著「ハコニワ」の登場人物、藍のメモ。 ハコニワについてはこちら→https://bccks.jp/bcck/156970/info

ハコニワ

吉川キイロ著「ハコニワ」の登場人物、藍のメモ。 ハコニワについてはこちら→https://bccks.jp/bcck/156970/info

最近の記事

藍のメモ6

かーさんは、時々りんごをうさぎにする。 それが当たり前だと思っていたけれど、そうでないことに気がついたのは最近のことだ。 ぼくとて、14歳にもなればりんごのうさぎに喜ぶことはもうない。でもなんとなく、テーブルにやつが現れると安心してしまうのだ。 とーさんはよく、「藍はいつ思春期が来るんだろうね」と言う。それは、ぼくがあまりにも周りの中学生とかけ離れているからだという。 周りの中学生とは、大元紺のことでは? 14歳らしくない、と言うならば、14歳らしい、とは一体なんな

    • 藍のメモ5

      お前さ、怒ることとかないの? と、隣の席の藤村がぼくの顔をのぞきこむ。両手を伸ばしたまま、机に伏せて顔だけをぼくの方に向けている。 15分間の休みをつかって、ぼくはメロンパンを頬張る。今はまだ2時間目の休み時間。たっぷりとした朝食をとっても、お腹は空く。いくらでも。 藤村は勉強というものにまったくと言っていいほど興味がないようだった。いつだってつまらなそうに、頬杖をついたり居眠りしたり教科書に落書きをしながら授業時間をやりすごしている。それでもぼくは、彼が呼び出されてい

      • 藍のメモ4

        紺とかーさんとすごしていると、とーさんがごく普通の人間に見えてくる。 とーさんはとーさんで、変わっている。でもそれ以上に、紺とかーさんは変わっている。 ぼくと紺は、月に一度とーさんと会う時間を設けている。ぼくは密かにこの時間を心待ちにしており、数日前からなんとなくそわそわしてしまう。とーさんはおおらかで、いつだってにこにこしている。ぼくたちの話を、それがどんな話だとしても、目を細めて楽しそうに聞いている。紺が、とーさんは本当にそう思っているか疑わしいわ、と疑う、とーさんの

        • 藍のメモ3

          かーさんが泣くと、暗くなる。空気という話ではなく、この世のまるですべてが、かーさんの力で成り立っているかのように、何もかもが暗くなる。 かーさんが泣くのは決まって、紺とぶつかったときか、恋人と何かあったときだ。理由が明確なのは、悪いことではない。ものごとは、なんでも単純明快なほうがいい。 「かーさんはナルシストなのよ」 紺が吐き捨てるように言う。今回のそれは、紺とぶつかったことによるものだ。どうということはない。あまりに、多いから。 「ひどいわ、紺ちゃん。ママにどうし

          藍のメモ2

          制服のネクタイは少し窮屈で、ぼくは下校時にはいつも外してしまう。 教科書やノートが所狭しと肩を並べているかばんの隙間に、えんじ色のネクタイを押し込む。しわにならないように、でもじゃまだと言わんばかりに。 藍ちゃんは本当によくネクタイが似合うのね。はじめて制服に袖を通した日、かーさんは目尻を下げながら、そう言ってぼくのネクタイを締めた。ネクタイなんて今までふれたこともなかったぼくに、締め方を教えてくれたのはかーさんだ。その時はまだ、ぼくの目線はかーさんの頭の先くらいだった。

          藍のメモ2

          藍のメモ 1

          紺は今日も不機嫌だ。 渡り廊下で給食の残りの牛乳を飲んでいた。といってもそれはわざと「残しておいた」のであって、紺が「そうしたい」からそうしているだけだ。紺は給食と一緒に牛乳を飲むことを好まない。給食中は、どう考えても水かお茶しか合わないと譲らない。頑固なのだ、性格も、味覚も。 ぼくは、給食中は牛乳と決まっているのならば、別にそれで構わない。合おうが合わまいが、そうなっているのだから。世の中には、「そうなっている」ことが、とても多い。たかだか14歳のぼくがそう思うのだから

          藍のメモ 1