藍のメモ 1
紺は今日も不機嫌だ。
渡り廊下で給食の残りの牛乳を飲んでいた。といってもそれはわざと「残しておいた」のであって、紺が「そうしたい」からそうしているだけだ。紺は給食と一緒に牛乳を飲むことを好まない。給食中は、どう考えても水かお茶しか合わないと譲らない。頑固なのだ、性格も、味覚も。
ぼくは、給食中は牛乳と決まっているのならば、別にそれで構わない。合おうが合わまいが、そうなっているのだから。世の中には、「そうなっている」ことが、とても多い。たかだか14歳のぼくがそう思うのだから、大人の世界にはそれがもっと蔓延っているのだろう。
ゆううつよ、いつもにも増して。
紺はぼくの方を見ずにつぶやいた。憂鬱ではなく、ゆううつ。そう聞こえる。紺は感情的な性格とは真逆に、ゆっくりと話す。激怒した時以外は。
多くの双子がそうであるように、ぼくたちは同じクラスにはならない。たとえそのせいで紺が不登校になろうとも、そのシステムは変わらないだろう。学校側からすれば、何かと不都合があるのかもしれない。問題は避けたいのだ、誰だって。
「席替えがあって」
紺は牛乳パックを潰す。忌々しそうに。
「どうでもいいのよ、誰が誰を好きとか。どうでも。なのになんで、隣の席になるだけでぐちぐち言われなきゃいけないわけ。恨むなら、自分のくじ運のなさでしょう」
心の底から、くだらないと思っている顔で、紺はぼくを見る。確かに、心底くだらない。
ぼくにも実は同じことが言える。どうも1人の女子(謙遜してはみたが、正直なところ1人ではない)がぼくに好意があり、同じように先日の席替えで隣になった子が、彼女(たち)から睨まれている。あの子本当は真宮くんのこと好きなんじゃないの。ぼくにも聞こえるように言う。隣の子は耳が真っ赤だ。それが、恥ずかしいからなのか、彼女もぼくに好意があるからなのかは、定かではない。
それが紺のクラスでも行われ、当然今のところ男子になど興味がない紺は、そういった女子のいざこざに心底うんざりしているわけだ。
「それで?どうしたの」
「言った」
「言った?」
さすがになにを言ったのかわからず、ぼくは首をかしげる。紺は眉間にしわを寄せ、
「代わりたいなら代わりたいって先生に言いなさいよ。わたしには関係ないでしょう。わたしはどこの席だってべつにいい。って言って、出てきた」
さすがだ。ぼくの姉は、黙って引き下がることができない。ことを円満に解決しようとか、一切考えないたちなのだ。おかしいものはおかしい。間違っているものは、間違っている。
「ばかみたいに口を開けてた。恥ずかしくなったのか、群れてこそこそ話してた。くだらない、本当に」
紺は鼻で笑う。14歳の中学生が関心があることに、彼女はまったくもって関心がない。ぼくも人のことは言えないけれど、もう少しうまくやるのに。我が姉ながら、まっすぐだけれど、不器用だ。
「紺は誰の隣になったの?」
「……知らない」
さすがのぼくも、言葉がない。
我が姉ながら、本当に彼女は。
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