藍のメモ4
紺とかーさんとすごしていると、とーさんがごく普通の人間に見えてくる。
とーさんはとーさんで、変わっている。でもそれ以上に、紺とかーさんは変わっている。
ぼくと紺は、月に一度とーさんと会う時間を設けている。ぼくは密かにこの時間を心待ちにしており、数日前からなんとなくそわそわしてしまう。とーさんはおおらかで、いつだってにこにこしている。ぼくたちの話を、それがどんな話だとしても、目を細めて楽しそうに聞いている。紺が、とーさんは本当にそう思っているか疑わしいわ、と疑う、とーさんの笑顔。
「いいじゃないか、それはそれで」
とーさんの口ぐせ。いいじゃないか。
紺は今日も不機嫌だ。とーさんの家の近くの小料理屋で、ウーロン茶の氷をからりと鳴らす。ぼくたちの、お気に入りの店。
「よくないわ。どうしてわたしが当たられないといけないのよ」
「嫉妬の対象はね、まぁ心地よいものでもあるんだよ。人が自分を羨ましがる、大いに結構じゃないか」
「ひとつも結構じゃないわ」
先日、ぼくは同級生の女の子から告白を受けた。隣のクラスの、小柄で髪を2つに結んだ子。委員会で顔を合わせるくらいで、ほとんど話した記憶はない。でもどうやら、初めて会った時から思ってくれていたらしい。ぼくはその初めて会った時というのが、いつなのか覚えていない。
彼女に特別な好意はない。それをやんわりと告げたわけだが、なぜか彼女は紺に八つ当たりをした。真宮さんっていつも藍くんと一緒でいいよね。もう中学生なのに。だから藍くんに彼女ができないんじゃないの?
ぼくに特別な恋人がいないことと、紺といつも一緒にいることに、なんの関係があるのかぼくにはわからない。べったりで他人が入る隙を作っているわけでもないし、ぼくらは双子なのであって恋人同士ではない。ぼくの気持ちと紺はなんら関係はないのだけれど、きっと彼女は当たる場所がなかったのだろう。でもまさかその対象が紺になるとは。姉の、紺が。
紺は憤慨した。だが学校ではうんと無口で無愛想な紺は、ただひとこと口にしただけだった。「なに言ってんのかわかんないんだけど」
嫉妬が心地よいとは、よく言ったものだ。かーさんと付き合って、散々嫉妬されてきたとーさんだから言える言葉かもしれない。
「いいじゃないか。藍がモテるという証拠なんだから」
納得しない紺を横目に、くすくすとおかしそうにとーさんは笑う。
ぼくの好きな、優しいとーさんの笑顔。
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