大盛はこの人だけ
その昔、東札幌に住んでいた頃、家から駅までの途中に、ウチはランチ営業のみで売り上げています!っていう感じの喫茶店があった。
でも、僕にはコーヒーを好んで飲むっていう習慣が無いので、メシを食うっていうチョイスだけだとしても、喫茶店っていうだけで選択肢からは外れちゃうんだよね。
南郷通を越えればパチンコ屋の向かいには美味くてお気に入りの中華料理屋があったので、だいたいそこがメインだったしね。
でも、とある病み上がりの平日の午後、会社を休んだけど腹も減ったし、なんか食べに行こうって事で外に出た時に、初めてその喫茶店が選択肢に入った。
ランチの看板を改めて良く見てみたら、日替わりランチが安いし、けっこう美味しそう。
写真は無く文字情報だけなんだけど、例えばハンバーグとか、メンチカツと、シーフードカレーとか、生姜焼き定食とか、まぁ、みんな大好きでスタンダードなヤツが日替わりとして並んでいるんですわ。
で、最初に何を食べたのかは、もう覚えていないんだけど、とにかく盛りが良かった。
この値段でこんなに大盛りなの?って思ったくらい。
で、味も良い。
凄く美味いって訳じゃ無いけど、割と美味しい。
しかも、大人になってからはマンガを読む習慣が殆ど無かった僕が、ここで「沈黙の艦隊」に出会ってしまったのね。
「こんなに面白いマンガがあるのか!」って思ったわ。
それ以来、そこは土曜日にもランチ営業をしていた事もあり、月に2回、多くて3回程度、その喫茶店でご飯を食べつつ、沈黙の艦隊を読む事が楽しみになって、通うようになったんです。
で、何度か通って、その店のドアを開けると「あら、お兄ちゃん、いらっしゃい!」くらいにフレンドリーな接客をされるくらいになった頃に、日替わり定食がコロッケだった事があった。
コロッケ好きだしね、迷わず日変わり定食を注文ですよ。
暫くして出てきたコロッケが、凄くデカい。
え?こんない大きいの?
と流石の僕も思った程に大きかった。
で、それが運ばれて来た、丁度そのタイミングで、常連さんっぽいおじさん(40歳くらい)が入ってきて、僕のその日替わり定食を見るなり 「あ!僕も日替わりねー!」 と声をかけた。
そりゃ、そうだろー。
こんなにデカいコロッケをみたら、今日はコレ一択だよな!って思ったわ。
そしたら、その声を聞いて、調理をしていた店主のおばちゃんが厨房から出て来て 「ちょっと、このお兄ちゃんのヤツを見て日替わりって言ってるの?アンタのはこんなに大きく無いよ、良いの?」 って…
すると常連さんは 「え?なに?じゃ、大盛りが出来るの?」 と…
「出来ないわよ。これはこのお兄ちゃんへの特別なヤツだから、普通のしか無いよ。 私、このお兄ちゃん好きなのよ。凄く良く食べそうじゃない!」 って…
すると常連さんは 「あ、そうなんだ、良いよー!コロッケね!」 とカジュアルに了解。
えー、い、いいの?
常連さん、なんか凄く雑に扱われるっていうか、普通に考えて受け入れられない事を言い放たれてるけど、そんなに気軽にオッケーなの?大丈夫なの?って心配したし、何より恐縮したよね。
で、その時に初めて分かった。
盛りが良い喫茶店では無くて、僕のヤツを特に盛り良くしてくれていたのねーって。
で、会計の時 「いつも大盛りにサービスして貰ってたんですね、すみません。ありがとうございました。」 と、初めてお礼をいうと
「あら、良いのよ。沢山食べるでしょ?お腹いっぱいになった?」 と、サバサバとしたおばちゃん。
それ以来、お会計の時には、それまでのご「馳走様でした」に加えて、「今日もお腹いっぱいになりました、ありがとうございました」を忘れずに伝えるようになったの。
その後、無事に沈黙の艦隊を全巻読み終えて、次に課長島耕作を読み始めてから暫くした頃、お店のドアには閉店のお知らせが張り出された。
でも、仕事が忙しくてなかなか行けないうちに、その喫茶店はあっという間に閉店してしまったんだよね。
最後にきちんと挨拶に行けなかったのは心残りだ。
あのおばちゃんがまだ元気なら80歳くらい?
女性だしね、きっとどこかでまだまだ元気に生きていると思うし、思いたい。
とっても親切にしてくれるおばちゃんが居て、おおらかな常連さん達が集まる、東札幌の片隅にある小さく家庭的な喫茶店だった。
結局、僕が通ったのはそんなに長い期間では無かったけれども、思い出に残るとっても良い店だったなぁ。
今、とても懐かしく思う。
ただ、喫茶店として肝心のコーヒーが美味かったのかどうかは、全然覚えて無いんだよね、コーヒーを好んで飲まないから…。