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武道の達人やスポーツの名選手は、たくさんの関節を同時に使っている ②
前回の続きです。
・精密な動きには、多くの関節が必要
1987年、東芝ココム違反事件がありました。
東芝がソ連に輸出した工作機械がココム(対共産圏輸出統制委員会)の規定に引っかかり、国際問題になった事件です。
「ひっかかるーひっかかる東ー芝ー」(古いCMソングを知ってる人ならわかる)。
このとき輸出されたのが9軸制御の工作機械。水の流れを邪魔しない曲面を正確に削り出すことで、潜水艦のスクリュー音が小さくなったとされています。
工作機械の軸は、人間で言うと関節に当たります。同時に使える関節の数が多いほど、動きは滑らかになり、複雑な曲線を描くことができるのです。
余談ですが、5軸制御の工作機械でもこんな曲線が作れます。9軸ってどんだけだ。
・あなたは直線を描くことができるか?
なぜ多軸制御が必要なのかと言うと、軸の運動は、支点を回る円、または扇形で表現されるからです。
私たちの体が動くラインも同じ。関節を支点とした扇形の組み合わせです。何かの運動をするときには、扇形を組み合わせて、必要な運動線を作る必要があるのです。
体験してみましょう。
テーブル(柱でも可)の縁を、指を1㎝浮かせたまま、触れないでたどってみます。かなりあちこちを動かさないと、直線をたどれないと思います。
では、体幹を動かさないで、肩から先だけで動くとどうでしょう。ちょっと波打つように動いてしまうでしょう。
では腕から先だけで…関節数が減ってくるほど、難しくなります。
・関節の数と、動きの関係
関節の数と、できることには関係があります。
ここでは話を簡単にするために、平面上の直線運動を例にします。
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●が、上の直線上を移動してゆくときに、関節がどう動くか見てみます。頭の中でイメージしてみてください。
①これは、そもそも直線運動が無理。
②関節ができると、直線を移動することができます。しかし、この場合は下の動きを上で補うことしかできないので、動きのパターンが一つしかありません。
③では、いろいろなポジションがとれるようになります。まだ青棒一本あたりの動き量が大きく、効率が悪いことがわかります。
④では、扇形の山を、別の動きで打ち消すことが容易になり、楽に直線運動ができるようになります。
動かせる関節の数が少ないほど、もとの関節の扇形のもつカーブの影響を受けやすいので、無駄な動きが増えるうえ、コントロールを精密に行う必要があります。
関節が多くなると、それぞれでカーブを打ち消すことができるので、目指す運動を作り出すことが容易。
脳にとっては大変ですが、それだけのメリットがあるということですね。
・桑田真澄氏の投球フォームのゆらぎ
先日読んだ本「体はゆく」に、桑田真澄氏の投球を測定した話が出てきました。
30球を同じフォームで投げてもらうように頼み、その時の姿勢を測定したのですが、同じはずのフォームはバラバラで(ボールが手から離れる位置が最大で14cm違った。桑田氏本人も驚いていたそうです)、それでいてどのボールもストライクゾーンに入っていました。桑田氏が言うには、投げるときには「ボールをコースにのせる」感覚だとのこと。
動きにばらつきがあるのは、多くの関節で調整が行われ、変化の余地があることを示します。また「コースにのせる」感覚で正確な投球ができるのは、工作機械が曲線を削り出すように、ボールにとって必要な動きを作り出していたといえるでしょう。
・「コース」は、身体の外にある
大事なのは、作り出した動きが、身体にとって自然な動き(関節優先)ではなく、ボールにとって必要な動きだったということ。
武術、スポーツでは必要な動きはたいてい、身体の外に必然性があります。この感覚の代表的なものが、合気道などでいう「円の動き」。
次回、円を中心に書いてみます。
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