缶詰入りの夏

まず、窓を閉める。
部屋の真ん中で缶を開けると、
空気が吹き出す音が鳴る。

「殺虫剤使ってるみたいだな…」って、いつも思う。
いま開けたのは、夏の缶詰。
缶の中に夏を詰めておいて、
冬に開けると、少しの間だけ夏に戻れる。

はっきり言って、冬より夏が好きだ。
暑いか、寒いかなら、寒いほうがつらい。
…と、冬の間はそう思っているけど、
夏の間は、なんだかんだで冬が恋しい。わがままなもんだね。

セミの鳴き声をスピーカーで再生して、
半袖のTシャツ1枚で、かき氷を食べる。
こうして少しだけ夏に戻ると、
「今年の冬も、何とか乗り切ろう。」って気分になる。

夏の缶詰は、毎年、12月になったら開けると決めている。
でないと、もったいなくて、いつまで経っても開けないからだ。
それに、あんまり長いこと缶詰にしていると、鮮度が落ちる。
せっかく開けて、生ぬるい感じだったら、悲しくなるからね。

もう少し寒くなってきたら、冬も缶詰にする。
風呂にゆずを浮かべる冬至の日に、風呂場で冬を詰めるのだ。

風呂場と聞くと暖かそうなものだけど、
窓を開けただけで、浴槽の外はたちまち寒くなる。
そうして、冷たい冬の空気と、ゆずの香りを詰めるのだ。
こうして作った冬の缶詰は、8月になったら開けると決めている。

缶詰から出てきた夏が、冷えてきた。
ほんの少しの夏は冬の中に溶けて、
また、冬が帰ってくる。

セミの声を鳴らしているスピーカーを止めて、
上着を羽織って、コタツに潜る。
半年もすれば、また夏が来る。それまでの辛抱だ。
今年の冬も、何とか乗り切ろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?