父とエレキベース
私の父は酒も煙草もギャンブルも一切やらない真面目な男だ。
仕事一徹だった父(※新興宗教団体を継ぐ前は印刷屋だった)が、約10年前いきなりエレキベースを始めた。実家の居間で、老父がビートを刻んでいた時の衝撃は未だ忘れられない。
その当時で、父は既に70代。小学校で習ったハーモニカ以外、楽器に触れたことがなかった。短大時代からウクレレを続けていた母(当時60代)にそそのかされ、ハワイアンバンドのベースを担当することになったのだという。
一度、2人が所属していたハワイアンバンドのライブを観に行ったことがある。
公民館の小さなホールで、平均年齢70歳くらいの老バンドたちが何組も出演し演奏を披露した。途中でヒヤッとするくらい大きい地震があったが、出演者たちは全く気付いていなかった。集中力というより老人力の高さによるものだろう。
たどたどしくはあったが、父と母はなんとかライブを成功させた。こちとら園児を見守る親の気持ちである。
ライブ後にすぐやめるだろうと踏んでいたが、意外にも父の音楽活動は続いた。ハワイアンバンドを脱退後、ビートルズのコピーバンドに加入。その後病気をしてバンド活動は辞めてしまったが、今でも一人で細々と弾いているらしい。
現在、父は85歳。70代で始めたベースも既に10年のキャリアとなり、結構うまくなっている。さらに最近は得意だった折り紙の技術を生かして紙細工を始め、ボランティアとして老人ホームで紙細工講座を開いたりしているらしい。
真面目で好奇心旺盛な父。彼を見てると、何を始めても遅すぎることはないのだという気になる。
気持ち悪いくらい長生きして、周囲に刺激を与え続けてほしいものだ。
そんな父から、以前「若い頃トルコ風呂に憧れていた」という話を聞いた。どうしても行ってみたくて、母にお願いしてみたところ「今はそんな余裕ないから、年収が〇〇円になったら行ってもいい」と言われたそうだ。こっそり行けばいいのに、わざわざ嫁の承諾を得ているあたり真面目である。頑張って働いて目標の年収に達すると「子供が生まれたから今のままじゃ足りない」と言われ、さらに頑張って年収を増やしてもまだまだ足りないと言われ続けた。
「そうやって何年も繰り返してたら、お父さんいつのまにか歳とってて行きたくなくなっちゃった」
昔話みたいなエピソードである。
確かに、記憶の中の父はいつも遮二無二働いていたが、実は「どうしてもソープに行きたい」というしょうもない目標があったらしい。
私の好奇心と性欲の強さは、父親譲りかもしれない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?