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朝起きたら腕にタトゥーが

入っていると思ったら入ってなかった、というだけの話です。


朝、目が覚めると記憶とスマホがなくなっていた。よくあることである。
部屋中を探しても、カバンの中を漁ってもスマホが見つからない。そういえば、始発電車の中で寝過ごして西武線内を何往復もした気がする。最寄り駅の改札を出る時にスマホが見あたらず、現金で支払った記憶がうっすらと蘇る。どうやら、電車の中で寝てる間に落としてしまったらしい。
ちなみに「iPhoneを探す」を起動したところ、池袋の雑居ビルの中にあると表示されていた。そのビルには一瞬しか立ち寄らなかったし、翌朝電車に乗るまでスマホは確実に手元にあった。肝心な時に現在の位置を表示できないでどうする。アップルストアの店員にタメ語使わせてる場合か。

電車の中にあることはまず間違いないので、各鉄道会社に問い合わせをしたが該当するスマホは見つからなかった。
この4年間、何度なくしても必ず手元に戻ってきてくれた私のiPhoneSE(第2世代)。心細いが、今回もきっと帰ってくると信じて、シャワーを浴びることにした。
服を脱いで風呂場へ向かったところ、ちいかわくらいの語彙力しかない夫が突然「ワッ…ワッ…!!」と騒ぎ始めた。

見ると、私の左腕にタトゥーが入っているのである。
二の腕にくっきりと心臓のタトゥーが。

あまりにも想定外のことが起こると、人は無言になるらしい。
2秒くらいたっぷり絶句した。脳裏に浮かぶのは、映画『ハングオーバー2』で酔って記憶をなくしている間にマイク・タイソンと同じタトゥーを入れてしまった歯科医のことばかりである。

最近、ずっとタトゥーを入れたいと思っていた。
下腹部に大きな手術跡ができたので、その上にタトゥーを入れて華やかにしたい。実際、手術や火傷、自傷などの跡をデザインの一部として取り入れる 「スカーカバータトゥー」 というものがある。どうせ一生残るものなら、ちょっとでもテンションが上がる方がいい。
周りの人たちにいろいろなデザイン案を考えてもらったが、今のところ漫画家の河井克夫先生にいただいた「熨斗」というアイデアが一番有力である。可愛い上におめでたい。それに、いつか変死体として見つかった時、遺体の下腹部にでっかい熨斗が彫ってあったらあまりの馬鹿馬鹿しさに悲壮感が薄れそうだからだ。

既に結論は書いてしまったが、腕に入っていたタトゥーは本物のタトゥーではなかった。
カバンの中で「ジャグアタトゥーについて」という注意書きの紙を発見したのだ。
ジャグアタトゥーとは、植物性のインクを使って肌に直接描くボディアートで、2週間もすれば消えるものだという。
そういえば、昨晩たまたま入った池袋のバーの片隅で、お客さんの首元にボディペインティングをしている女の子がいた。どうやら泥酔して、その子にペインティングを依頼したようだ。少しずつ、断片的に記憶が戻ったが、どうして心臓を選んだのかは未だにわからない。

左腕のジャグアタトゥーは、きっちり2週間残った。「タトゥー入れちゃったーなんちゃってうっそー」というくだりを少なくとも10回以上繰り返して楽しめたので、元は取れたと思う。
バイト先の学習塾でも、女子生徒に「見て見て、先生タトゥー入れたんだ」と言ってこっそり二の腕を見せたら、ショックのあまり動かなくなってしまったので「ごめん嘘!すぐ落ちるやつだから!」と平謝りした。小学生には刺激が強すぎたようだ。

(これは全くの余談なのだが、1週間を過ぎたあたりから肝心の心臓が薄くなり、後ろに描かれた星の枠がくっきり残った。よく見ると、その星は五角形ではなく六角形だった。宗教的なモチーフを、歴史的背景や社会情勢を考慮せず安易に用いるのは本当にやめた方がいいと思う。たぶん描く前に確認してくれているはずなので自分のせいなのだが、まさかそんなデザインを人の体に描くとは思わないじゃない!?)


「山で遭難する」「駅のホームで知らない人の精子を飲む」に続き、「朝起きたら身に覚えのないボディペインティングが入っている」というしょうもない酒エピソードがまた増えてしまった。本物のタトゥーじゃなくて本当によかった。しかし、「変死体として発見される」という最終章にまた一歩近づいた感は否めない。
ちなみに、スマホはなくした翌日に有楽町線の車庫で見つかった。またしても帰ってきたiPhoneSE2。すごい強運である。いっそこのスマホをタトゥーとして刻んだ方が生き残れるのではないかという気がしている。

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