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総則6項ブームの終焉

令和4年4月19日、国税庁の定める財産評価基本通達内の総則6項の適用が最高裁で初めて認められてから、同項を適用した認定課税処分が相次ぎました。端からは、課税庁はさながら総則6項ブームという名の熱狂に包まれているかのように見えていました。しかし昨今では国側が敗訴する事例も出てきており、納税者の納税額の予測を困難たらしめるこの「特例」について、司法からは丁寧な事実認定を要求されています。本年1月17日の東京地裁において、またしても国側が同項の適用を巡る争いで敗れたと税務通信が伝えました。

この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。

財産評価基本通達6

事実の概要

  • 問題となるX社株式(取引相場のない株式)を発行するX社は、原告Aと原告Bのみがその業務に従事していた。ともに取締役。

  • 平成25年8月9日、X社は臨時株主総会を開催。1株当たり40円の配当、募集株式の種類及び数を普通株式905,440株、払込金額を36億2万9,440円(3,976円/株)、この全部を相続人等に割り当てる第三者割当による募集株式の発行等について決議した。

  • 同日、相続人等は各人名義の口座からX社の預金口座に払い込み、新株を引き受けた。この引き受けや配当により、株式等保有特定会社や比準要素数1の会社の外形的な要件から外れることとなった。

  • 平成25年10月、相続開始。A,Bを含む被相続人の実子や孫らがX社株式を取得。小会社の株式として、類似業種比準価額(有利な価額)と純資産価額(不利な価額)との併用方式で当初申告を行った後、株式等保有特定会社としてS1+S2方式により修正申告。その後再び併用方式により更正の請求(減額更正処分の請求)を行ったところ、税務署長より純資産価額(不利な価額)で評価すべきとして増額更正処分等が行われた。

ポイント

相続税の財産評価ベースで、取引相場のない株式を発行する会社の総資産に占める株式等の割合が50%以上である場合には株式等保有特定会社の株式。批准要素数が1である会社は比準要素数1の会社の株式として、原則純資産価額(不利な価額)で評価すべきこととされています。

類似業種比準価額(有利な価額)は類似業種の株価に、配当・利益・純資産の3要素につきそれぞれ評価会社と類似業種との比を基礎とした一定の乗算調整をすることで評価会社の株価を疑似的に導こうというものです。株式等保有特定会社や比準要素数1のような特定会社は類似業種と単純に比較することは不適切であるため、類似業種比準価額(有利な価額)の利用は一切認めない、または非常に制限された範囲のみで認めるといった取り扱いになっています。

本件は、特定会社の要件から外形的には脱したX社の株式を原則通り併用方式で評価したい納税者と、その計算を著しく不適当として総則6項で特定会社のように評価したい課税庁との争いとなります。

東京地裁の判断は納税者勝訴

「著しく不適当」は軽減程度の割合も見るべき

東京地裁は、原則による評価額が「著しく不適当」というためには、あるべき評価額に占める減少割合も考慮すべきと指摘しました。そこで臨時株主総会の決議がなかった場合、つまり各相続人等がX社へ払い込んだ金額を預貯金として保有し続け、X社は特定会社に該当するものとした場合の相続税額を計算しました。2割加算前のベースで17億3,599万3,500円。

原告らがした更正の請求に基づく相続税額は同8億8,156万6,500円で、軽減された税額は8億5,442万7,000円。減少割合は約49%となりました。

軽減された原因はどこにあるか

減少割合が49%というと、相当な軽減がされた。総則6項がいう「著しく不適当と認められる財産の価額」と認定されそうですが、東京地裁は軽減が発生した原因について検討したところ、その原因を小会社の評価方法が併用方式(有利な価額と不利な価額の折衷)と純資産価額(不利な価額)方式との選択適用を認めていることに見出しました。

もし納税者が更正の請求時において純資産価額(不利な価額)方式によっていれば、臨時株主総会の決議履行に基づく相続税額の総額の減少の程度は約2.8%に留まり、これでは著しく不適当な財産評価とは言い難いでしょう。即ち臨時株主総会の決議を行ったことが税負担の軽減に直結したとは言えないとしました。小会社の株式の評価方法につき納税者に選択を認めている以上、異なる評価方法を採用することで異なる評価額が算出されるのは当然のことなので、その差異を以て評価通達の原則的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるとはいえないとし、大筋として納税者勝訴の判決を下しました。

最後に

本件はX社における事業遂行上の必要性が見当たらない、相続税の負担軽減のみが目的と思われる増資を行い、特定会社から外れる状況を作出して類似業種比準価額(有利な価額)の影響を大きくし、更正の請求を行ったことに端を発する事件でした。

地裁の言い分にも理があるとは思いますが、一方でそのような状況を作出できない納税者が取得した取引相場のない株式は、特定会社の要件を満たしていると知ったまま有効な対策を講じられずに相続の開始を迎え、当然に特定会社として評価するよりありません。そのような納税者と本件裁判の原告のような納税者とを比較したとき、租税負担の公平性が保たれているかは疑問に思います。

ただ、総則6項の適用要件である「著しく不適当」の判定において、あるべき評価額からの減少額の全部を納税者の行為計算によるものとせず、制度上納税者の選択の余地による部分を分離して評価したのは、言われてみれば当たり前ですが、大切な視点だと思いました。

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