あの人は、いま【こころのままに、とりとめもなく(3)】
今回の主人公は、あの人。
あの人は、有名人でも、会ってお礼を言いたい恩人でもありません。
ある夜、一度だけ一緒に遊んだ、名前も知らないおじさんです。
先日、娘の学校でPTA総会があり、役員の私は会員さんの前で話をしなければなりませんでした。もともと人前は苦手。それに加えて、言いにくい「支出」を何回も言わなくてはならずかなり緊張しました。
こどものころから、か行とさ行の発音が苦手だった私。極度の緊張のなか、なぜか思い出したのが、あの人でした。
ある夏休みに出かけた家族旅行でのこと。場所は、ホテルの一角にあるゲームコーナー。ルーレットのゲーム機で遊んでいました。
時代は昭和。年長くらいだったと思います。
どんな流れで一緒に遊ぶようになったのかは覚えていません。知らないおじさんと、1つのゲーム機を交代で使って遊んでいたところから記憶は始まります。
メダルを入れるとルーレットが回り、ルーレットが、どの数字やマークに止まるかを当てるとメダルが増えるゲーム。確率が高いけど2倍にしかならないマークや、確率は低いけど30倍にもなるマークがありました。一度にコインを何枚も入れられて、同じマークでも、ほかのマークでも賭けられます。そのため、最初は交代でやっていたのを、同時に遊ぶようになり、会話が増えたんだと思います。
名前も聞かれて、答えていたようです。でも、1番下の「子」がうまく発音できなくて、おじさんには「と」と聞こえたようでした。まる子なら「まると」、ひろ子なら「ひろと」のように。
私の名前が「まる子」だったとして話を続けます。
そのとき、私の勘はよく当たり、意気揚々と遊んでいました。確率の高い2倍をメインに、ときどき8倍や10倍に賭けて当て、どんどんとメダルを増やしていました。
すると、「まるとくんすごいなぁ」とおじさんが言うわけです。ちょうど様子を見にきた姉がそれを聞き「妹です」「えっ⁈」みたいな。
記憶はここまで。
いまならおじさんは、「一緒に遊ぼう」と声をかけ名前を聞いてきたと、不審者あつかいされる可能性があります。
当時は、老若男女問わず共通認識があり、共通理解できることの多かった時代。一つのゲーム機を一緒に使うなんてことも、よくある光景だったのかもしれません。
自分が親になり、こどもを外に出す不安、一人にする恐怖がどれだけ大きいかを知るようになりました。古き良き時代となつかしむ人が多いのもわかります。
いまは、おじいさんになったあの人が、昔のようにこどもたちに声をかけ、不審者あつかいされていないかと「まると」は心配しています。
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