「坂の上の春」その2
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暫くして、少女は自分が荷物を持っていることに気付いた。
「何だろう、これ。」
中を開けると、着替えやら歯ブラシやら、見たことのないカードまで入っている。
そのカードには、自分の名前が書かれていた。
「そっか、昨日まで合宿だったんだ。」
それにしては、自分の制服がない。
「そりゃそうか、合宿だったんだもんね。」
彼女はバレー部に所属していた。
セッターとしての彼女の実力は、クラブの中では中の上くらい。チームがピンチになると、決まってベンチに引っ込められた。彼女にはそれが不満だった。
「私だって、春江くらいの実力があるのに。」
いつも自分の代わりに指名される部員の名前と顔を思い浮かべながら、彼女は思った。
春江とのライバル関係は部活だけではなかった。
春江は恋のライバルでもあったのだ。
相手はバスケ部の栗原君。エースで背が高くて体は引き締まっていて、おまけに甘いマスク。
ライバルは実は春江だけではない。
同じ学校の女子生徒全員がライバルみたいなものだった。
でも、彼女は、自分の恋が叶うと信じていた。
バスケ部の応援に行ったとき、「栗原くーん!」と声援を送ったら、一度だけ彼女の方を見て微笑んでくれたのだ。
あれは他の誰でもない、私に対しての微笑みだ。
彼女はそう信じて疑わなかった。
彼女は坂を上り始めた。
でも、荷物が重いせいか、なかなか足が進まない。
「こんなきつい坂だったかな。」
彼女は思った。
でも頑張って一番上まで上らなければならない。
坂の上では、栗原君がきっと待っている。
合宿に行く前の日、彼女は密かにラブレターをしたため、栗原君の下駄箱に入れた。
そこに、
「もしも私の気持ちに答えてくれるなら、○月×日、あの坂の上で待っていて下さい。」
と書いておいたのだ。
坂の上には私の「春」がある。きっとある。
そう思いながら、重い足を引きずり引きずり、彼女は坂を上っていった。
(つづく)
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