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「シン・エヴァ」は前代未聞のプロマネ術か?(4)「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」をPMP目線で読んでみた

その1 その2 その3 その5
この記事ではPMBOK6版のプロセスと比較しています。PMBOK7版で学習されている方はPMIから出版されている「Process Groups: A Practice Guide」を合わせてご覧ください。

PMBOKでは「成功を監査する」とか「知識の共有と移転をマネジメントする」などと、わかりにくい書き方をしていますが、私の勤務先ではプロジェクトの振り返り資料には、反省点や失敗ばかりではなく、うまくいったことや工夫したことも書きなさいと言われています。

本書に書かれているコミュニケーション手法は、ある意味(前代未聞の?)プロマネ術といえるでしょう。
制作(開発プロセス)におけるコミュニケーションに特化した話ですが、

  • 最大のキーマンである庵野氏とのコミュニケーションに主眼を置いた工夫・手法を創出したスタッフの誰もがそれぞれ最適な手法で庵野氏とコミュニケーションしたこと。

  • また、それができる環境を構築できたこと。

これがシン・エヴァ・プロジェクトの大きな成功要因と言えます。


庵野氏との5種類のコミュニケーション手法

今回は、本書に紹介されているプロジェクト実績のうち「制作環境・コミュニケーション・進捗管理」を見てみます。

本書のコミュニケーションに関する振り返りで特徴的なのは、庵野氏とのコミュニケーションに主眼を置いている部分です。社内フロアのレイアウトを3面掲載していますが、いずれも庵野氏の場所について解説されています。他のスタッフが庵野氏に話しかかられるかどうかがポイントになっています。

本書によるとコミュニケーションの種類は次の5種類ありました。

コンテ

コンテは脚本・総監督などの要求をスタッフに伝えるために用いられる、全てのカットの要求を記述した作品制作における基幹資料で、製作スタッフがプロジェクト中に一貫して参照し続けるものとのこと。

アニメーション制作におけるコンテが要求仕様なのか要件なのかは難しいところですが、コンテは概要設計あるいは基本設計のベースラインになるものと考えることにします。
本書によると、シン・エヴァにおいてコンテは(あえてコンテ化しないところも含めて)総監督の意図が凝縮されたものとのことです。
スタッフはコンテの咀嚼をして、各自が何と向き合って何をすべきかイメージをもち、その後各工程について具体的な作業を発注する打ち合わせを行います。

発注打ち合わせ

本書によると、発注打ち合わせは「何をしてほしいか」「何はしなくていいか」「何はしてはならないか」等を1カットずつ伝達し質疑応答をしながらスケジュールを決めて発注(指示?)を行います。
一般的なプロジェクトでもスコープとして「やらないこと」を明確に線引きすることが大事ですね。

コンテはこうした発注打ち合わせを経て、ベースラインとなるとのことです。

チェック

本書によると、総監督と監督がスタッフの作った成果物のほとんどすべてをチェックするようです。
チェックではOK/NGの判断や修正・追加指示、申し送り、発注内容の変更、実現手段や担当セクションの変更といった付帯情報をもってベースラインが変更するようです。

ベースラインを変更するということは、変更管理プロセスもここに含まれていることになりますが少し緩い気がしますね。

質問回答

スタッフから総監督や監督への質問と回答というコミュニケーションも紹介されています。本書によると、質問回答は次のような場合に行われます。

・コンテや打ち合わせ結果で網羅されていない情報
・カット内、あるいはカット間で矛盾が見つかった
・発注内容の実現に複数の道筋があり決めかねる

質問への回答が都度ベースラインに反映・更新されたとのことで、ここでも変更管理プロセスとして実行されて記録・保存されるというこになります。

本書では「質問は質問に至る経緯と質問者の対応案(ビジュアルとして具体化させた案であることが多い)を伴ってなされた」と書いています。
アニメーション制作でもITシステムのプロジェクトでも、なぜ質問するのか、自分はどうしたいか、なぜならこうだからを示したうえでアドバイス、
指摘や意思決定を求めることが大切ですね。

私はプロジェクトマネジメントの重要な要素はコミュニケーションだと考えています。本書で紹介してされていることの一つ一つは当たり前のことだとしても、プロジェクトを成功させるための重要な要素だと言えます。

アンケート

本書によると、総監督である庵野氏自身が意思決定するための材料としてスタッフ個別の意見を求めてアンケートを実施したとのことです。

エヴァンゲリオンはそもそもが庵野氏ありきの作品であるため、映像制作に限らずありとあらゆるシチュエーションで庵野氏を中心としたコミュニケーションが図られており、誰もがこのコミュニケーション形態が今考え得る最善と理解してプロジェクトに取り組んでいたと考えられます。

シン・エヴァはある意味特異なプロジェクトかもしれません。
とはいえ、本書に書かれているシン・エヴァに最適化されたやり方を目にして、自分のプロジェクトだったらどのように工夫できるだろうかと頭を切り替えて考えてみたいですね。

次回は、内部評価、外部評価の章で、ステークホルダーから見たシン・エヴァ・プロジェクトへの評価を見てみます。

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