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「鍼」と「アクセサリー」と「入れ墨」。私がアクセサリーをつくる理由

私、アクセサリーをつくっています。

鍼灸師の私が、なぜアクセサリーをつくるのか?

少し長くなりますが、お伝えさせていただきたいと思います。

右耳の「イヤーカフ」の物語

私がつけているアクセサリーは、大体、自分でつくったものです。

一番最初につくったのは、いつも右耳につけている「イヤーカフ」


私には、尊敬する彫金の先生がいたのですが、今は亡くなってしまっているんです…

先生が初めて来院してくれた時に、私は「私、鍼灸師になるか、シルバーアクセサリーを作る彫金師になるか悩んで、鍼灸師になったんです」という話をしたんです。

先生は、「アクセサリーをつくる夢、叶えられるよ」と言ってくれ、すぐに工房を訪ねたんです。

先生は、「アクセサリーをつくるとき、普通はシルバー925でつくることが多いのだけれど、今回は純銀でつくるのがいいと思う。純銀は、邪気を祓う力があると考えられていて、鍼灸師として、人の邪気を受けないためにも、御守りになるよう、純銀でつくるのがいい」と言ってくれたんです。

純銀の粒を、るつぼで熱して溶かすところから、私のアクセサリーづくりははじまりました。


バーナーで熱していくと、粒は赤みをおび、溶け、一つの丸い塊になったんです。

…すごく、すごく美しかった。

まるで、魔法のようだった。

純銀の丸い塊を伸ばし、槌で打ち、私のイヤーカフはこの世に誕生したんです。

つくって以来、ほぼ毎日欠かさずにつけています。

私の中学生時代


私、中学生の頃、本屋さんで買ったシルバーアクセサリーの雑誌を毎日のように眺めていて、「CHROME HEARTS」「LONE ONES」、そして「JUSTIN DAVIS」が大好きで、毎日、アクセサリーの模写をしていたのですね。

いつか、自分も憧れのブランドのアクセサリーをつけたいというよりも、自分でつくりたいという思いがあって、アクセサリーをつくる彫金師になるのが夢だったんです。

「鍼灸師」か?「彫金師」か?


進路に悩んだ際、鍼灸師になりたいのか?彫金師になりたいのか?を悩み、鍼灸師になる選択をしました。

でもですね…アクセサリーをつくる夢が諦めきれず、ずっとこころの中で、もう一つの人生が停滞したままだったんです。

先生のおかげで、自分のもう一つの人生が動き出して、本当に嬉しかった…

憧れの「JUSTIN DAVIS」


私、特に好きだったブランドがJUSTIN DAVISで、王冠モチーフのアクセサリーがたまらなく好きだったんです…

大好きで大好きで、毎日、ノートに模写していました。

私、確かあれは高校卒業した後すぐに、新宿の伊勢丹に、JUSTIN DAVISのアクセサリーを見に行ったんです。初めて見たとき、ため息が出るくらい美しくて、感動して、ひとしきり眺めていたんです。

…すると、来たんですよ。

デザイナーのJUSTIN DAVIS本人が…

雑誌で顔を知っていたので、すぐにわかりました…

私、感動して、X JAPANのライブで、倒れてしまうファンの気持ちがわかったんです…震えました。

握手してください!とか、サインをください!とはもちろん言えなかったのですが、すごく興奮して帰ったんです。私の忘れられない思い出。

私の実家の家業は、代々鍛冶屋


今を思えば、私は「鍼灸師」になるか?「彫金師」になるか?二つの選択で悩んだのですが、私の実家の家業は、代々鍛冶屋だったんです。

刀や槍をつくったりした後、農鍛冶屋になったそうですが、「鍼灸師」も「彫金師」も、両方とも、「火」と「金属」を扱う仕事なのだなぁと。

「鍛冶屋」と「鍼灸師」、「彫金師」どれも繋がっているのかも知れないと思ったんです。

「鍼」の起源は「入れ墨」から


諸説あるのですが、鍼は元々、入れ墨を入れるための手段で、初期の頃、痛みが出ている部位に対応する場所である「ツボ」に、入れ墨を入れるというのが、鍼の起源だという説があるんです。

アルプスの氷河から見つかった、5300年前のミイラである「アイスマン」は、変形性関節症があったんです。

腰や、膝の痛みがあったのではないか?と考えられていて、からだには入れ墨をした場所があったんです。服に隠れるところに、飾り気のない十字の入れ墨をしていたそう。

その入れ墨をした場所が、現代の「ツボ」に相当し、腰痛や、膝痛の時に使われる部位と一致しているんです!

偶然かもしれませんが、昔、痛みがあったとき、入れ墨を入れることによって、治療していたのではないか?と考えた研究者がいたのですね。

痛みと対応する部位に、入れ墨をいれるという医術があったのではないかと…

「入れ墨」と「鍼」


先生に、鍼と入れ墨の関係について話していたら、「アクセサリーの起源も、入れ墨だよ」と教えてもらったんです。

からだを護るための、御守りのような入れ墨の文様が、いつしか皮膚にいれるものではなく、アクセサリーに発展していくのだと…

この話を聞いたとき、「鍼」と「アクセサリー」の起源は同じなのではないか?と思い、私がアクセサリーをつくることの意味に気づかせてもらう、大きな出来事だったんです。

私の中で「鍼」と「アクセサリー」が繋がり、鍼は、墨こそいれないものの、からだの内側に残り続ける、見えない御守りなのではないか?と理解し、以来、私の施術は大きく変わりました。

入れ墨は、墨を入れるからこそ見やすく跡が残るけれど、墨をいれていない鍼も、一生その人のからだに残り続けるのではないか?と。

鍼は、一回打って、徐々に効果がなくなるのではなく、その人の内側に刻まれ、御守りのような効果を発揮し続けるのではないか?と。

「鍼」と「アクセサリー」


私、鍼灸師として、かなり多い質問があって、それは「調子の悪い人のからだに触れて、邪気をもらってしまうことはありませんか?」というものなんです。

私は、個人的に、悪いものなんてないと考えているので、邪気だろうがなんだろうが、いただけるものはもらいます。

邪気だって、元々はからだを流れる気だったのですから。

ただ、「邪気」ではなく「念」は受けるなぁと思うのです。

生きている人の念。

恨みや、妬みなどの念。

念を受けにくくするために、私はアクセサリーをつけている…というのではなく、好きだからつけているのですよ。

好きなものが、私を護ってくれる。

なんだろう…自分が大好きな人のライブに行くと、自分も強くなったような、成長したような気持ちになるような感じでしょうか。

美しいものを見ると、人は内側から強くなれるのだと思います。


パワーストーン


私にとって、天然石などのパワーストーンが大切なのではなく、身に着けるものに、どんな物語があるか?情報を含んでいるか?が大切なんです。

私の息子が私にくれた、100均のプラスチックのビーズがあって、「お父さん、これは大切なものなんだけど、お父さんに好きな色のビーズをあげるね!」と言われてもらったもの。

私にとって、息子がくれたプラスチックのビーズは、最強のパワーストーンです。

他者から見たら、ただのプラスチックのビーズかもしれない…でもですね、私にとって、意味のあるものなんです。

だから、最強の御守りなんです。

たぶん「美しい」が最強


日本人って「美しさ」を追求してきた民族なのだと、、私は思っているんです。

平安時代、政治をすることの中に「歌をよむ」というものがあって、歌をよむこと、つまり、美しい歌をつくることも、大切なまつりごとだったのですね。

美しい歌を生むと、世界が平和になると、本気で信じていた民族の末裔が我々です。

美しいものが、世界を変えるんです。美しいものが最強!私は、そう思っています。

私の鍼灸は「美しいものの追求」


私、人のからだに触れて「整った!」と思う基準を、その人らしい曲線が出たり、緊張していた人が内側からほどけて、やんわりとした美しさが表面に出てくることなど、「美しい」と思える状態を、私の中の、施術を終える基準としています。

なので、私のところに来る方、帰るときに「痛みは抜けましたか?」とか「楽になりましたか?」という質問を、私からしたことがありません。

調子がよくなったとか、からだが軽くなったというのが、私の評価基準じゃないんです。

「美」が私の評価基準。

この基準は、誰にも譲るつもりはない。

胸を張って生きる


私、目の前の人に変化が出てきたか?美をもって評価をするのですが、しっかりと、胸を張って生きられるようになるということが、大切なことだと思っているんです。

私、ヨウジヤマモトの服が好きで、施術をするとき、必ずヨウジヤマモトの服を着ます。

服を着ると、護られている気持ちになるんです…

なんでだろう?と思ったとき、「胸を張れる」というか、武士が鎧を着るように、着ることでシャンとなれる。

私が打った鍼で、私がつくったアクセサリーで、胸を張って生きられる人が少しでもいてくれたら、私の生きる意味もあるのではないかなぁと思うんです。

アイヌ文様モチーフのバングル。この模様、糸のこで手作業で切ったやつを貼っているんです。めちゃくちゃ手間がかかっているのですが、自慢の作品。



…たとえ、そこに私がいなくても、誰かを護り、胸を張って生きてもらえるような、そんな経験を提供したい。

私の「鍼」も「アクセサリー」も、みなさんを護るような、自分の内側から湧き出る美しさや、身に着けることによって身が引き締まるような、そんな経験つくるための装置のようなもの。

形があろうが、なかろうが、みなさんを護り続けてくれると信じています。

鍼灸師の私が、なぜアクセサリーをつくるのか…ご理解いただけたでしょうか?

今日も、美しいものを世界に生んでいきたい。

その一心で、からだを診たり、アクセサリーをつくったりしています。

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