熱狂の渦の外 解決編
以前、こんな記事を書いた。
要は、色々なことに手を出してきたけれど、
なりふり構わずのめり込む
「無条件で大好き」
と言えるようなものがない。という話。
今年もずっとそのことに悩まされていて、
これが本当に好きでたまらない、というものがない自分に
ものすごくコンプレックスを感じていた。
それが解決したわけではない。
未だにのめり込むようなことはない。
ただ、「何故のめり込めないのか」
この理由が何となくわかってきた。
それは、その物事や文化に問題があるわけではなかった。
自分自身がダメだったのだ。
結論から言うと
「初めから、外にいようとしている」
のである。
この歳になって自分で言うのも恥ずかしいのだが
「初めから、斜に構えている」
のである。
例えば、最近触れたVtuberについて話すとすれば、
熱狂している人たちは
「かわいい!」「楽しい」「一緒に参加できてる感じがして嬉しい!」
と何も考えずに楽しむのである。
それが正しい。
でも僕は
「何故、Vtuberがこんなに流行っていて、何故楽しいと思うのか?」
という前提でその文化を受け取ろうとする。
一緒に友達の家でゲームをやってるような気分になったり
一緒にお酒を飲んでる気分になったり
昼休みに他愛もない話をしている学生時代を思い出したり
オンライン上で、その疑似体験が出来る。
スパチャをすればコメントを読んでもらえたり
何度も何度も繰り返せばその集団の中で認知され、嬉しい気持ちになったりする。
それらを、学校や仕事から帰って自分の部屋で感じることが出来る。
それが、可愛いキャラクターならなおさら嬉しいし
登録者数や、歌、3D化など、
Vtuberの成長を一緒になって追える。
一種のアイドル的要素もある。
そして、リアルタイムな配信を追うことで
一般的なアイドルよりずっと
距離を近くに感じる事ができる。
だから、Vtuberって楽しいんだ
なるほどなあ
とか考えながら見てしまうから、
熱狂の渦の中に入れない
というかそんなやつは、
そもそも入ろうとしてないのだ。
だから、のめり込めない。
気づいてしまった。
何やっても熱狂できないのは、自分のこのめんどくせえ性格のせいであり
これってさ
一番たち悪い分析オタクやないか!!!!!
いつまでも斜に構えて、俯瞰でものを見てるふりしてる
一番だせえやつやないか!!!!
何歳までそんな事やっとんねん!!!!
昨日Vtuberの配信見ながら
(研究したいのでちゃんと見るのは見る)
これに気がついて
すげえ自己嫌悪した。だせえ。
いつだってそうだ。
いつも分かったふりをして、達観してるような雰囲気だして
吹山さんって賢いですよねとかたまに言われていい気になって
「そんなことないよ(軽い微笑み)」
とかスカしやがって。
さっさとそのハリボテの鎧を脱いで
全裸で踊り狂わんかい!!!(気持ち的な意味で)
頭で考えるんじゃない
何も考えず、ただただ目の前のことを楽しめ。
これが、これからの僕の課題。
これが分かっただけでもよかった。
まあ
こんな風にお気持ちをnoteに書き連ねてる時点で
まだまだ熱狂からは程遠い。
さて、そんな自分とさよならするために
今日は激しめの曲で踊り狂ってお別れです。
いつの間にか四十路になっていく
いい、それでいい。
また明日ね。
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