あいまいな夜 ④
「もしもし、ごめんね、こんな遅くに」
「いいよ、どうしたん?」
電話は苦手だ。
相手の表情や空気感
それらが見えない状態で
汲み取らなければならない。
今何をしてて、
どういう状態で電話をしてるのか。
何も分からない所から始まる。
「この前ね、ハンナさんのとこに一人で行ったの、何か悲しくなってしまって、勢いでハンナさんに喋ってしまって、困らせてしまった」
「そっか、そんなことがあったんだね」
我ながら、白々しい滑り出しだなと思うが、
まあそれはいい。
「ハンナさんにごめんね、ごめんねって沢山言わせてしまった。もう行かない方がいいのかもしれない」
「じゃあ、次は2人で行って、今度はこっちがハンナさんにごめんねって言いに行こう」
「うん」
「それで、めぐみちゃんがそうなってしまったのは、何かあったの?」
「仕事のことと、家族のことと、悲しくなってしまうことが重なってしまって...」
「そっか、じゃあ、めぐみちゃんがしんどくなければ、ひとつひとつ聞いていってもいい?途中で悲しくなったらやめてもいい。言葉に詰まってもいい、時間がかかってもいい、いつまでも待つから、ゆっくりでいいからね」
「うん、ええとね...」
言葉なんて上手じゃなくていい。
話なんて上手くなくてもいい。
合ってるか間違ってるなんてどっちでもいい。
とにかく、思っていること、考えたこと
まとまってなくても、バラバラでも。
それが、あなたのホントの言葉。
「笹川めぐみです、よろしくお願いします」
「吹山はじめです、初めまして」
めぐみちゃんと初めて会ったのは、
芸大に通う友達に誘われた、何人かでの飲み会だった。
その場でのめぐみちゃんの
人との接し方
会話の柔らかさ、ユーモア、知識
細やかな気遣い。
そして、それらに
全く「あざとさ」の匂いがしないこと。
僕は飲み会が落ち着いたくらいに、
ベランダで1人タバコを吸っていた。
「吹山さんの事は友達から聞いてたよ」
「え?」
「面白いやつがいるって」
「はぁ、面白くはないですけどね」
「本とか読む?」
「いや、これがさ、本あんまり読まないんだよ」
「へー、意外」
「吹山さんが書いたって文章読んだよ、この文章書いた人ってどんな人なんだろうってちょっと気になってた、これはホント」
「笹川さんも、さっきから話聞いてると、物知りですごいね。話してる言葉の質感もちょっと違う」
「ん?」
「自然に言葉を選んで、相手に寄り添えるところも」
「気付かれてんのもやだな」
「ああ、ごめん。別にそれでどうこう思うってことじゃない、何となく、すごいなって」
「ううん、これは私が私を守るための言葉、すごいやつでも、いい奴なんかでもない」
「充分すごいけどね」
「人と仲良くなるのが苦手だから、人と繋がるための言葉」
「なんか魔法みたいな話」
「あ、今度本貸してあげる、良かったら読んでみて、吹山さん多分好きだと思う」
「え?」
「また今度来る時持っていくよ」
「えーと、うん、来月ぐらいかな」
「またね」
「不思議な子だったなあ」
・・・・・
「どんな人なんだろうってちょっと気になってた、これはホント」
...あれ?「これはホント」って
どれかはウソ?
いや、考えすぎか。
面白い人もいたもんだな。
...来月まで生きてみるかな。
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