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頼れる実家が欲しかった
既に自立し、一人暮らしの社会人。
実家は、一応あるにはあるのだけど、いろいろな意味で頼れない。
まず第一に、実家の空気が合わない。心理的にもそうなのだけど、物理的に合わない。具体的には、実家にいると喉がヒリヒリして、鼻水が出て、くしゃみが止まらなくなる。シンプルに健康に良くない。言うなれば実家アレルギーである。
「綺麗に掃除したらいいんじゃない?」とか「自分の部屋にこもれば」とか思うかもしれない。それができれば苦労はない。
うちの実家はとても狭い。四人家族で部屋は二つ、食べる部屋と寝る部屋のみだ。自分の部屋なんて贅沢なものはなかった。自分のスペースは、部屋の隅に一畳ほどあった。そこに教科書や私物を押し込んで生活していた。
家族それぞれのパーソナルなスペースがないから、基本的に各自の持ち物がごった混ぜで散乱している。捨てて良いかの判別もつかず、片付けようがない。
個別の部屋以外にも、私の実家には普通の家にあるものがなかった。ゴミ箱や掃除機がそうだ。ゴミはゴミ袋に直に入れる。床の埃は手で集めて捨てる。天井はクモの巣だらけで、床は虫が這っていた。正真正銘のゴミ屋敷だった。
実家を出た今となっては、もうあそこで暮らそうとは思えない。正月に一瞬帰省したが、2時間でダウンした。体が実家を受け付けなかった。
うつ病で休職したとき、医者や上司から「実家に帰ったら?」と言われた。それができる実家が欲しかった。実家に帰れば悪化することは間違いなく、彼らの善意を曖昧な微笑みで流した。生まれたときから自分の部屋を与えられ、清潔な家で育てられた人が羨ましい。
例えば、弁当箱を開けたら中にクモが入っていたり、寝ている間にゴキブリが足の上を這い枕の下で潰れ、学校のプリントが虫の糞で染みだらけになるような生活は知りたくなかった。
薄給で暮らす小さなワンルームでも、実家に比べると天国だ。好きな家具に囲まれ、清潔な服を着て、厚みのある布団で眠れる。虫に怯え、家の中でマスクをすることもない。今は自分の人生を生きている。
でも時折思う。
頼れる実家が欲しかった。