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「DeepSeekの背後に中国の素晴らしい大学の存在」〜High TechのHot Spot杭州でスタンフォード大学がモデル〜


というタイトルの『The Economist』2025年2月19日付のレポートが興味深い。

DeepSeekについては、そのAI製品の技術的な特質から見た世界的な優位性、そのAI製品を心理カウンセリングという領域のチャット・ボットに採用することの適合性、という二つの観点から既に紹介してきたが、今回はそのような世界的に見てもトップの位置にある優れた技術を生み出す人間がどのようにして生まれたかという背景について紹介したい。

浙江大学という大学が中国の杭州にある。

世界の自動車工場が立地する上海から175キロに位置するこの大学は、カリフォルニアのシリコンバレーをモデルにした都市として位置付けられる杭州にあり、アメリカのIT技術をリードしてきたスタンフォード大学をモデルにして設立され、研究者と学生と起業家のダイナミックな相互作用システムを確立している。

DeepSeekが創設されたのもまた杭州。

浙江大学はここ数十年で急成長し、高性能機器を購入、一流の科学者を雇用しています。現在、約7万人の学生と教員が、湖と梅の木を見下ろすブロック状の建物で、七つのキャンパスに住み、働いている。

いくつかの指標によれば、同大学はすでに世界最高の大学の多くを凌駕している。研究成果の量を測る最新のライデンランキングによると、同大学は他のどの大学よりも多くの科学論文を発表しているし、各分野のトップ10%に入る論文の発表数ではハーバード大学に次いで世界2位。

浙江大学は研究の拠点として優れているだけでなく、優秀な若い学生をビジネスリーダーに育てることに長けている。調査会社胡潤のランキングによると、資産50億元(7億ドル)以上の卒業生、例えば電子商取引大手のピンドゥオドゥオの創業者コリン・ホアンや、エレクトロニクス界の大物ドゥアン・ヨンピンなどは、中国で最も裕福な起業家の一人だ。

起業家の大学としての評判はここ数カ月で新たな高みに達した。卒業生が設立した三つの企業からなる「杭州の6人の小龍」の話題が中国では持ちきりだ。

DeepSeekもその一つ。もう一つは3Dデザインソフトウェア会社であるメニーコアテックで、同社は2025年2月15日に香港で上場する計画を発表した。さらに、パトロールや救助活動に使用される犬型ロボット(写真)を専門とするディープ・ロボティクス社もある。

浙江大学には三つの特質がある。

(1)才能を引きつけ育てる能力

中国の学生の多くは安定した公務員を切望しているが、浙江大学はもっと大胆な人材を引きつけてきた。彼らはスタートアップのコンテストに身を投じ、大学の資金を得るためにビジネスアイデアを売り込む。教授陣も変わっていて、学生のアイデアを刺激するため分野を超えた研究を奨励し、いわゆる「間違いを許容する」雰囲気を醸成している。

例えば、浙江大学で材料科学を学ぶ21歳の学部生である黄朝宇は、高校生のとき、ペットの魚のために温度調節付きの水槽を作った。傷を癒すのに役立つ一種の生物学的「接着剤」の製造を目指して、指導教官とともに会社を設立した。純粋な研究は画期的な進歩には重要だが、「社会を真に変えるには産業が必要だ」と彼は言う。黄氏は、1999年に初めて開講された、理系の学生が起業家精神を学ぶための特別クラスに参加している。会合は共有ワークスペースで行われ、そこには「あえて革新を」と学生に呼びかけるポスターのそばに、洗練された白いロボットが立っている。大学関係者によると、平均してクラスの5分の1が、卒業後5年以内に起業している。既に事業をしている卒業生は、後輩たちが、資金、インターンシップ、人脈を見つけるのを手伝う。

多くの教員も起業している。中国の大学は、学問の追求を妨げるものを不安に思うのが一般的だ。しかし、浙江大学は数十年にわたり、科学者が研究結果を商業化するのを支援してきたと、大学管理者の金一平氏は言う。2009年には、この目的に特化した研究所を設立した。deep Roboticsは、工学部の教授である朱秋国氏が経営している。同僚の高超氏は、先端素材であるグラフェンから繊維を製造する会社を経営している。

(2)工業都市の上海に近く政治都市の北京から遠い立地

杭州市は、上海から電車でわずか45分で、運河が流れる住みやすい都市だが、首都北京の政治家からは遠い。 1949年に中国革命が起こり、中華人民共和国が成立した後も、杭州市の属する浙江省の計画立案者はそれをほとんど無視し、1978年に「改革開放」政策が始まった際に、民間企業が再び台頭しやすくなる土台を維持した。その結果、杭州市に立地する上位100社のうち82社は国有などの公営ではなく民間企業で、中国の大都市としては高い割合となり、1人当たりGDPも全国平均のほぼ2倍と高くなっている。

馬氏の会社アリババが杭州市で設立されたことも影響している。

浙江大学は同社を「良き隣人、パートナー、そして友人」と表現している通り、2017年に馬氏は大学病院に多額の寄付をしたし、2023年にはアリババが量子コンピューティング研究所を大学に寄贈した。加えて、アリババと浙江大学は、ほぼ10年間にわたって、コンピュータービジョンなど「最先端技術」と呼ばれる研究センターを共同で運営している。同センターは浙江大学からインターンシップ生や博士課程修了生を受け入れ、産業界での就職を支援している。

(3)杭州市の役人

「杭州市の役人は、好意を求めたり豪華なディナーを楽しんだりせずに、物事を成し遂げることで知られている」と投資家で浙江大学の卒業生でもある張潔は言う。

このような市職員の存在が、若い卒業生が起業しやすくしている。地元の起業家は、ほとんどの政府サービスはアプリを通じて利用できると指摘する。杭州市の役人はハイテク企業が大好きだ。同市に移住すれば、博士号を持つスタートアップの創業者には最大1500万元の資金が提供される。

他の大学も杭州の成功を模倣しようとしている。北京の清華大学はAIの才能を輩出しており、その多くがDeepSeekに雇用されている。広州の華南理工大学は中国の電気自動車産業と密接な関係がある。しかし、杭州の人材構成は真似するのが難しいと北京大学の経済学者ヤオ・ヤンは指摘する。そして、才能は多くの場所に分散するのではなく、いくつかの場所に集まる傾向がある。

今後の課題

グローバルレベルでの競争を生き抜くための課題が二つある。

一つ目は、資金の大部分を政府に頼っていること。政府にとっての優先事項の変化や、政府の財政的な制約になる。卒業生は寛大で寄付もするが、スタンフォード大学の360億ドルに匹敵する基金を積み上げることは難しい。もしそれができたとしても、その基金をどう使うかを、大学は政府当局に委ねなければならない。

二つ目は、海外の大学と比較して、教員にも学生にも海外出身者が少ないことだ。米国の大学からエリート研究者を引き抜く場合もそのルーツは中国系というのが典型。その要因としては、西側諸国との政治的緊張や、中国国内での言論の自由に対する障壁も考えられる。

それでも、ハーバード・ビジネス・スクールの中国専門家ウィリアム・カービー氏によれば、浙江大学の事例は「世界の高等教育の地殻変動が劇的に起こっている」ことを示している。中国政府は、2035年までに世界的影響力を持つ教育大国になる計画を今年の1月に発表した。少し前まではこの目標は野心的すぎると思われていた。しかし今では、浙江大学などの存在によって、驚くほど実現可能になっている。

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