【レポート】cento-シエント-1 全国の活動を知る
はじまりの美術館では、令和2年度福島県障がい者芸術文化活動支援センター事業として、「福祉と表現」をテーマとした連続の研修会「cento-シエント- 福祉と表現にまつわる研修会2020」を開催しました。
「cento(シエント)」は、イタリア語で「100」という意味です。日本語の「支援と」という言葉の響きとも重なります。シエントが、たくさんの人と思いが集まって寛容で創造的な社会をつくっていくためのひとつの切り口となることを目指しました。
全4回の研修会ではZoomを通して全国で先進的かつ丁寧に現場で活動を行なう方々にお話いただき、障がいのある方の表現活動を支援するご家族や施設職員の方などの参加者のみなさんが集まり、交流を行いました。
障害者の表現活動に取り組む施設や団体は、北は北海道から南は沖縄まで日本国内に多数あります。こうした活動はどのように発展し、推進されるようになったのでしょうか。芸術分野で障害者の表現について研究する長津結一郎さんのレクチャーにより「歴史」「法律」「芸術ジャンル」「思想」などさまざまな視点から見渡していきます。
講師:長津 結一郎(ながつ・ゆういちろう)
九州大学大学院芸術工学研究院助教。専門はアーツ・マネジメント、文化政策学。障害のある人などの多様な背景を持つ人々の表現活動に着目した研究を行なっている。2013年東京藝術大学大学院博士後期課程修了、博士(学術・東京藝術大学)。
■Recture
歴史、法律、ジャンル、思想から考える
まずは「歴史」から。戦前より精神科医や心理学者が障害のある人の表現に注目する歴史もありましたが、大きな転換点となったのは1950年代に全国的に注目された山下清の存在でした。60年代には全国の障害者福祉施設で絵画教室や絵画療法の取り組みが始まり、90年代には障害者基本法に文化芸術活動の振興が位置付けられます。また2010年にパリで行われた「アール・ブリュット・ジャポネ展」を機に、日本の障害者の芸術は、海外で高い評価を受けていきました。
次に紹介されたのは「法律や国の事業」について。2008年には文部科学省と厚生労働省による「障害者アート推進のための懇談会2008」が開かれ、2017年には「文化芸術基本法」、2018年には「障害者による文化芸術活動の推進における法律」の制定、同年に「障害者による文化芸術活動の推進における基本方針」が作成されるなど、おもに2000年代以降に起こった法の整備や国の事業との関連を解説しました。
そして、美術、音楽・舞台芸術、メディア芸術、アートプロジェクトなどさまざまな「芸術ジャンル」から障害とアートの活動が紹介されました。さらに「芸術にアクセスする方法」として、創造、発表、鑑賞、販売などの方法があげられ、障害のある人の表現活動には「アール・ブリュット」「アウトサイダー・アート」「エイブル・アート」など多くの用語があり、それらは各々の「思想」を反映していることが語られました。
どのように人と人が出会っていくか
こうして複数の切り口から「障害福祉と芸術」について講じられたのち、障害のある人の表現が「純粋」「魂の芸術」などの言葉で語られることへの危惧、違いを認め合う関係の重要性、マジョリティの意識が変化するきっかけとしてのアート、社会包摂のありかたなど、障害者の芸術表現を考えるうえで重要な視点が追加されました。
そうして、長津さんの研究における「共犯性」という言葉を引き合いに、「障害のある人の芸術活動には、障害の当事者やその支援者、芸術家、芸術分野の支援組織などさまざま立場の人が関わっていますが、それぞれの目的は異なるでしょう。多様な人が一緒に活動を進めていくプロセスでは、ともに企む『共犯』の関係をつくりあげていくことが大事ではないでしょうか。それは、芸術や福祉といったカテゴリや枠を超え、人と人がどのように出会っていくかということでもあります」と語りました。
そして「同僚の教員が『アートの教育は、自分で決める力を養っていますよね』という言葉に共感した」という出来事から、こうした活動は「関わる人たち自身が『決める力』を養い、それを発揮していく活動でもあり、それは社会にとって非常に重要なことだと考えています」と続け、「障害のある人とどのように一対一の関係を築いていけるか。その人のやっていることに丁寧に耳を澄まし、目を凝らすことで、それを誰に伝えたいと考えるか。それが重要なことだと思います」と結びました。
■Session
「障害×アート」次の一歩をなにから踏み出しますか?
ー長津さんからの問いかけに、参加者のみなさんが回答しました。
「思い込みをすてる」
長津: 思い込みは見捨てたいですよね。僕も大学教員ということもあり、思い込みを捨てねばと日々必死です。
「 目の前にあるかわらないことに、息長く付き合っていきたい。」
長津: 大事、大事ですね。私も話をしながら、自分で反省する日々です。
「共に体験し、共有すること」
長津: 共に体験し共有するってすごくいいですね。「共に」っていうのをぜひ活かしていただきたいと思います。
「 作品の質って何だろう。表現の質ってなんだろう。それぞれが思う質を話し合ってみたい。」
長津: まさに今評価の仕事をしていて、そのときに必ずぶち当たることですね。人それぞれ思ってる「質」っていうのは違うんですよね。そこの擦り合わせをしてくことがすごく大事かなと思います。
「 同じ地平線に立って、それぞれの虹をかける。いろんな角度からその美しさを認め合う。」
長津: それぞれの虹をかけるっていうのはすごくいい言葉ですね。以前、たんぽぽの家の岡部太郎さんが「頂と裾野を国の中で作っていきましょうっていうのはすごくいいことなんだけど、それって別に1個じゃなくていいよね」って言ったんですよ。「頂があって裾野がある。で、向こうにはまた違う頂があって裾野がある。そんなふうに豊かな平野ができてくといいよね」って言ってて、その言葉がすごく好きだなと思いました。それぞれに虹をかけるっていうのもきっとそういうイメージに近いのかなと思いました。
参加者の言葉の一部
■Feedback
ー参加者のみなさんの振り返りシートからコメントを抜粋しました
Q1.印象に残った言葉や内容を教えてください
・ 「発想を柔軟に受け入れる」という言葉が印象に残りました。思い込みをはずすと、視野が広がってどんどん自由になれる。「障害」に関係なく生活のすべてにおいて当てはまる事だと思います。「こうしないといけない」という先入観のない表現に触れて「そんなのもありか!」という発見をするのが面白いです。
・ 社会包摂の考え方の図を説明されたときの「マジョリティの考え方を変えること、そのきっかけとしてのアート」という言葉が印象に残りました。生涯学習施設の職員として、バリアフリー事業担当者だけでなく、社会包摂の基本的な考え方や心構えは職員全員が学べる機会をつくりたいと思いました。
・ 「マイノリティとマジョリティの関係性の変容 や共犯的な関係。その関係性によって、アート作品の質が変わる」そのような事をもっと考えていきたいと思いました。
Q2.「こんなことをしてみたい」など気づきやアイデアを自由にご記入ください
・ わたしは、障がいのある人が生み出したものを販売し、身の周りに置いていただくことで彼らを「身近に」感じてもらいたいと考えています。最近「売るなんて!もっと美術的価値を高めて保存した方が良いのでは?」という声を頂戴し、悩んでいたところだったのですが、様々な立場の人が関わることが、広がりを生むことがわかりました。研修を終え、わたしはわたしのできることを形にしていけばいい、と気持ちを固めることができました。
・ 自分の考えが全てではなく、相手は自分の想像もしないことを考えていることもある、ということに改めて気づかせていただきました。常に広い視野をもち、決めつけず、柔らかいアタマとココロをもって暮らしていきたいです。
・ 小さな表出に気付き、大切にしたい。多様性を地域の中で活かしたいです。
Q3.ご意見・ご感想、講師の方へのメッセージ
・ 自分の中で乱雑になっている色々な要素をわかりやすく整理して落とし込んでいただけたと思いました。
・ 歴史や法律などの要素が最後の「人と人して出会い直す」ですごくまとまっていて、深く理解できました。
・ ともすれば難しい話を、平易な言葉、やわらかい雰囲気でお話しいただき、とてもわかりやすく感じました。コミュニケーションが難しい方への支援は、支援者都合になりがちな面があるように、展示・販売など作品や商品を社会に出していく場面でも、当事者の方がおいてけぼりになりがちな現実があります。真ん中にいるのは誰か、常に頭において活動していきたいです。
ご登壇いただいた長津さん、ご参加いただいたみなさん、ご協力いただいた福島県聴覚障害者協会のみなさん、ありがとうございました!
cento-シエント- 福祉と表現にまつわる研修会2020
cento-シエント-1 全国の活動を知る
開催日時:2020年12月3日(木)13:00〜15:00
登壇者:長津結一郎(九州大学大学院芸術工学研究院助教)
手話通訳:福島県聴覚障害者協会
レポート編集:佐藤恵美・はじまりの美術館
主催:社会福祉法人安積愛育園はじまりの美術館
(令和2年度福島県障がい者芸術文化活動支援センター事業)
※レポートの内容は開催当時の情報になります。
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参考書籍について
長津さんが関わられている本などをご紹介させていただきます。
・『舞台の上の障害者ー境界から生まれる表現」』長津 結一郎(九州大学出版会)https://kup.or.jp/booklist/hu/art/1225.html
・「はじめての“社会包摂×文化芸術” ハンドブック」文化庁×九州大学共同研究チーム編(PDFで閲覧できます)
http://www.sal.design.kyushu-u.ac.jp/pdf/2018_handbook_Bunkacho_SAL.pdf
・『アートがひらく地域のこれからークリエイティビティを生かす社会へ』野田邦弘 編著・小泉元宏 編著・竹内潔 編著・家中茂 編著(ミネルヴァ書房)
https://www.minervashobo.co.jp/book/b496818.html