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永田浩子氏の詩について。

以前、詩人の永田浩子氏より詩篇を2篇、頂戴したときのご紹介文です。

1篇目は介護のお仕事をされる中で、同僚の方のエピソードを元に書かれた
作品です。
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苦悶する魂の声/永田浩子

人一倍大きな身体をしている僕
食事も排泄も介助なしにはできない
周囲で何が起きているかぼんやりとしか判らない
僕の方を見て みんなが騒いでいる
どうやら介護を受けていて 手を振り払った拍子に
肋骨を折る怪我をさせたらしい

介護福祉士の私
重い体を支えて向きを変えているとき
彼の肘が胸に当たって肋骨を骨折してしまった

家庭内のいざこざで生きる意欲を失っていたとき
この施設の人たちと出会い
彼らの背負っているものの重さに愕然とした
魂を何者かに侵されてゆく苦悩は耐え難いだろう
魂の叫びが聞こえてくる

体の中に悪い奴が潜り込んで
そこら中の壁や家具を壊させる
箪笥を叩いて拳を骨折してしまった
どうしたら悪い奴の支配から逃れられるのだ
正義感に溢れた端正な顔が歪む
食事なんて要らない 何もしたくない
人の声かけなんて 心に届かない
十八歳の私の心は 何者かに閉ざされてしまった

そこにある物を盗まずにはいられない
自分の財産で店舗を構えてそこから万引きしたらと?
そんなことで満足出来るわけないじゃないか
郵便局の一本のボールペン スーパーの小物が
盗みたくて自制できないのだ

急に心が落ち着かない状態になった
自分が何をしでかすか不安だ
入院させてください 今すぐに

今朝は事務所の対応が気に食わなくて腹が立ち
事務所の扉を蹴破ってやった 時々こんな気持が湧き上がってくる
女だって想像を超えた力が出るんだ

ここに集う人たちは人類の数パーセントが担う
精神の病を 引き受け苦しんでいる
自分の悩みなど何と小さなことだろう
この人たちに寄り添い力になろう
私は胸に コルセットを付けて
明日からでも介護に戻りたい             2022.10.26
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現場の声を聞いているからこそ書ける詩だと感じました。

「自分の悩みなど何と小さなことだろう
 この人たちに寄り添い力になろう」

という一節は、心に芽生えたその想いが
受けた負傷を乗り越えて、なお強固な想いへとギプスを
添えられたかのように、補強してくれています。

以前新聞の記事で勝嶋啓太氏が述べていらした「詩はドキュメンタリーである」と言う言葉が思い返されました。
(余談ですが、勝嶋氏というと、来々軒、一度でいいので行ってみたいお店ですが、架空のお店なんですよね。果たして来々軒は美味いのか、不味いのか???)




二篇目は、“風景画”詩とでも申しあげましょうか。
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みどりいろの空/永田浩子

ゴッホの絵に緑色の空と海を見た
あの空を見たい
夕暮れを待ちわび空を見上げた
青みを残した空に
小さな浮浪雲が
黄金色に輝いている
空は 夕陽を浴び複雑に変わっていくが
緑色にはならなかった

翌日は 茜色に染まり暮れていった
空を見ていると 日毎に美しく
ゴッホの色ではないかと
感じられる

今日も真っ青な空と 夕陽の金黄色が混ざり
緑になると期待した だが
この地においては心の中のパレットで
描くほかないだろう
ここはアルルでも
地中海の水蒸気もないのだから

ところが
六月の豪雨の後 夕空に彩雲が広がり
見とれていると
茜色と黄色の層ができ
その間に細い緑色のゴッホの空を
確かに見たのだ

降り続いた大雨が
地中海の水蒸気と同じ現象を起こしてくれた
それもほんのわずかな間

南フランスの旅が鮮やかに蘇った
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光と空気の織りなす風景が
目前に広がるようです。

緑色の空に思いを馳せると、かつて訪れられたのでしょう
南フランスのその空が、思い返されたという

これもまたひとつのドキュメンタリーであり、
ダイアリーでもあると感じるのです。

詩は、様々な人の、経験、思考、感性。
そのことば選び、どれをとってもその人自身であると思います。

永田さん、ますますの詩活動を応援致しております。

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