アイドルは人生を狂わせ続けることで、オタクは4600円を払い続けることで、出会うはずのなかった運命を捻じ曲げて共に生きる


(2022年7月に書き始めた文章です)

 まず。

 「オタク」という呼び方はあなた方に対して多分したことがないし、馴染みもないし、あまり好きとも言えない、けれどあまりに一般的な呼称だから、「いわゆる」という意味で使ってみました。
 私は「応援してくださる皆様」というような呼び方をします。



 私はいわゆる「地下アイドル」であり、それとも並行して約8年間いわゆる「地下アイドルオタク」だ。

 イベントは大抵何組もがかわるがわるステージに出てきたりハケたりする対バン方式。
 好きなのはその一組でも、たった25分の持ち時間のために3000円とドリンク代なるもの600円、合計3600円(大抵そのくらい)を支払う。


 初めて「ライブ」に行った時は正直びっくりしました。

 3600円支払うと、25分間そのグループの生の音楽に触れられる。これはまあ見合っているか釣り合っているかは置いておいて、一般的な「生の音楽の売られ方」である。

 つまり地下アイドルであっても演歌歌手であってもオーケストラであっても、ライブやコンサートが開催され、生の音楽と金銭が交換される。

 (とはいえドリンク代ってのはライブハウス独特のシステムだよね。とくに私未成年の時なんかアルコールの選択肢もないからジュースを選ぶしかない500円になかなか意味を見出せませんでした。なんですが、今回は置いておきます。)




 いわゆる(そろそろいわゆるは省略していきますね)地下アイドルとその他の音楽ジャンル・スタイルでひとつ大きく異なるのは、「出会う」が実に比喩から遠く、言葉通りであって、物理的であるという部分だと思う。


 そう、我々(私はどちら側も経験しているので難しくややこしいのですが今私は「オタク側」に立っております)は地下アイドルと「出会える」のだ。


 「音楽と出会う」というと、通常は、たとえばどこかの店内BGMで「いいじゃん」となる、とか、サブスクでたまたま再生されたのを聴いて「好きかも」となる、とか、あるいはYouTubeでおすすめに出てきたMVを再生してみたところ「イケてる」となる、とか、もしくは友達に勧められてまんまと気にいる、とか、そんなところだろう。


 「地下アイドル文化」に完全に慣れてしまった我々(今はオタク側でありアイドル側として言っております)の一部は忘れかけているかもしれないんだけど、「音楽と出会う」っていうのは普通少し比喩的な文脈を持っていて、つまり、本当にそのアーティストや演奏者と相互的な意味で「出会う」ことはまあなかなかない、あったとしてもまあまあ中後期の段階なのである。


 でも、オタクと地下アイドルは「出会う」ことができる。

 「出会う」ことが、できてしまうんだ。



 というか、そもそも「出会う」ことを前提に、目的に、して・させて、地下アイドルという「システム」あるいは「ビジネス」は展開されている。



 ライブの後(並行の場合もあるね)には特典会なるものがある。
 そこで、オタクは音楽ばかりかその演じ手側の人間に「出会う」ことができる。
 これが、だいたい1000円。
 1000円でチェキを撮って、1分間ほど会話ができる。
 3600円にプラス1000円で、オタクはアイドルという実体に「出会う」ことができる。






 アイドルを始めた時、私は大学生だった。
 大学生になった頃、舞台演劇を少し齧っていたけれど、それで生計を立てる才能もなければバイトしながら夢を見続ける根性もなく、ましてやそれら全部をひっくり返すような強運もないと自分を見限って、大学4年間で未練なく終わるつもりでいた。そして、周りと同じように、就職か院進でもするんだろうと思っていた。
(この計画はいろいろな点で崩れてしまったのだけれど)

 とはいえ、多少計画が崩れてしまったからといって、私とあなたたち、この関係性でなければ出会うことはなかったでしょう。



 あなたたちの人生に興味がある。
 誰にも言えない記憶を知りたい。
 子どもの頃の夢を教えてほしい。


 それってただの人間関係じゃん。

 けれどそこには、金銭のやり取りが発生する。

 お金を頂いて、私はその分だけオタクと話す。
 お金を払って、私はその分だけアイドルと話す。


 なんかそれが、歪な人間関係に思えてしまったんだよね。
 特にアイドル側になって、苦しかった。


 お金を頂いた分 自分との時間を売る、それはつまり、お金を頂かなければ私はあなたと話すことはないということだ。






 「アイドルとオタクは、しょせんお金で繋がれた関係なのでしょうか?」


 どうしたって無視できない疑問に、今の私はこう答える。



 「オタクは26分に4600円払うことで本来の運命を捻じ曲げて、アイドルは人生を狂わすことで本来の運命を捻じ曲げて、お互いの人生を交わらせているんだよ」





 そう、正気じゃアイドルなんてやっていられない。学歴、キャリア、人生設計、そういう全てを放り投げて(稀に全てをうまいことこなすすごいアイドルもいる)、長くたって10年後には履歴書上なにも無かったことになる今をアイドルとして生きている(ずーっと長いことアイドルでいる人もいる)。
 正気に戻った人間からアイドルなんて辞めていく。
 人生を狂わす、それがアイドル側の「対価」。


 そして、オタクは出番の25分と特典会の1分、たったの26分に、4600円払う。
 これが、オタク側の「対価」。




 私たちはお互いに対価を支払って、出会うはずのなかった運命を捻じ曲げている。


 私はオタクとアイドルが出会うことを、そう捉えている。


 そして、私は、それを大切にしたい。尊重したい。



 だから、私は覚悟を持って丁寧に人生を狂わす。あなたと出会う世界線のために。




 今日も明日も、出会うはずのなかった運命を捻じ曲げあって、一緒にいましょう。
 お互いにそれに価値を見出せる間は。









 チェキの相場、上がったね。
 1500くらいが最頻値になってるのかしら。

 書き上げるのを投げ出してしまって、尻切れトンボのその間に、私はアイドルでなくなった。

 対価を支払って運命を捻じ曲げてくれていた皆さん。
 アイドルとして決して大成したとは言えない私と、出会ったこと、そのために対価を支払ったこと、後悔していませんか。



 私は、

 どうだろう

 私はまだ正気になんて戻りたくなかった

 まだまだ人生を狂わせる気が、あったよ

 けれど私は無理矢理(語弊がある)ビンタされて正気に戻らされて、衣装を脱いで、とうとう大学を卒業した。

 私はあなた達と出会うために人生を狂わせたことを、後悔してはならない。全部正解にしなきゃならない。



 私はずっと、「来世はアイドルになります」と言っていた。

 何かの間違いで、私は今世でアイドルになれてしまった。

 その幸福を、不幸を、抱きしめて眠ることしかできない。


 あなたへ

 人生を狂わせてくれて有難う。
 運命を捻じ曲げて、アイドルである出窓なもに出会ってくれて有難う。
 3年前にお披露目を迎えてからの一年五ヶ月、人生を狂わせる日々は、ずっと苦しくて、そしてとっても幸せでした。

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