【俳句エッセイ】はたらく・はいく|第1回「シクラメン」
シクラメンは早いものでは初冬から鉢植が出回っている。でも歳時記では春の季語。冬から出回っているのは温室育ち。ひっくり返ったような花の形状が特徴だ。色は赤、白、桃色など。最近は花びらがフリルのように縁どられているものもある。サクラソウ科の球根植物だという。ガーデンシクラメンという名前の小ぶりなものはパンジーなどと同じように花壇に植えられている。
そういえばシクラメンの鉢植を老人ホームの受付で見かけることがある。フォルムの美しい花数の多い高級そうな感じのシクラメンは人生の円熟期を思わせる。ただ水やりや日当りの管理を失敗すると、花は色褪せ茎はだらんと垂れ下がる。いかにも老残の果てという感じで明るい老人達のイメージにはどうしたってならない。
久保田万太郎(1889~1963)のこの句はシクラメンの印象をとても上手く表現している。花の形状はだらんとして何となく気怠さを感じさせる。そして確かにシクラメンの葉はハートのような可愛らしい形をしている。
花はくっきりとした色彩にもかかわらず、その形状は満開であっても憂いを帯びた雰囲気がある。そして花も蕾も葉を覗き込むように下を向いている。きっと花の気分を葉に分けているのだ。万太郎の観察眼はすごい。
シクラメンの別名は篝火花。角川俳句大歳時記には篝火草の名での記載もある。京極杞陽(1908~1981)紅色のシクラメンはたしかに炎のようにも見える。
八百屋お七は江戸時代に恋のため火事を起こしたヒロイン。その情の激しさがシクラメンを想像させる。「シクラメンたばこを消して立つ女」これも杞陽の句。シクラメンには都会の生活が似合うようだ。