この本は、私が3年前に欲しかったものでもある − 『デザイナーの英語帳』 出版にあたって
私が書いた『デザイナーの英語帳』がBNN新社より出版された。執筆に至った経緯と本の内容について紹介したい。
【本の概要】アプリやサービスを作るプロダクトデザイナー、デザイナーとやりとりをするエンジニアも必携。グローバルな場やチームで、臆せず活躍するための一冊。カフェでコーヒーを注文することもままならなかった著者が、突然アメリカに移住。2年後にはサンフランシスコのスタートアップスタジオでデザイナーとして働くまでに! プロダクトマネージャーやエンジニア、他のデザイナーと日々会話するやりとり、説明のための英語表現を、デザインのフェーズ毎に厳選してまとめました。英語学習に悩む日本のデザイナーに向けて、デザインの現場で欠かせない100のキーワードを基点に、シンプルな単語の超実践的な使われ方と例文を紹介しています。そのほかにデザイナーがよく使う用語集、特定のシーンで使える表現集、著者が英語にどのように向き合ってきたかを伝えるコラムも収録。
最初は犯罪にまつわる言葉ばかりを覚えていた
書籍の話の前に、私が30歳でアメリカに引っ越しをして、一から英語学習をしたときの話を少しだけさせて欲しい。デザイナーの英語帳は、私が英語学習の過程でメモした単語やフレーズなどを、他の人の参考になればとオンラインで公開したものだ。英語帳というタイトルの通り、教科書のように誰かに教えようというよりは、自分のノートを公開するというスタンスで更新を続けていた。
最初から“デザイナーの”英語帳というアイデアだったわけではなく、参考書として使っていた単語帳を書き写したりもしていた。当時、ランゲージエクスチェンジのアプリで知り合った英語話者の方とメール交換をしていたのだが、お互いに英語と日本語をどのように学んでいるのかをよく共有していた。私のノートの写真を送ると、「Those pages have a lot of crime words. そのページはたくさんの犯罪の単語だ。」(原文ママ)と返ってきた。勉強のために単語帳を頭から書き写していて、どういうカテゴリーの単語なのかをまったく意識していなかったので、この返信が今でも強く印象に残っている。その頃から、単語にカテゴリーがあるのだとしたら「デザイン」に関係するものを覚えたいという気持ちが芽生え始めていた。
現地の語学学校に通ったときも犯罪にまつわる言葉を教わった。これはアメリカという土地柄なんだろうか。写真に書いてあるのは、Jaywalker(信号無視して渡る人)、Vandal(公共物や芸術品を破壊する人)。
デザインにまつわる言葉を集める
カテゴリーを意識するようになってからは、基本的な英文法や日常生活で必要となる文章(トイレはどこですか?どうやったら○○へ行けますか?のようなフレーズ)の他は、英語で書かれたデザインの本や記事を読んで学ぶことにした。最初はいきなりわからない言葉ばかりに囲まれるので、読めるところだけ読んだり、細かいところは分からないけど、なんとなく全体で言っていることは分かるというところで精一杯だった。
ただ、複数の本や記事を読んでいると「別の本でも見かけたぞ」と、何度も出会う言葉があることに気づく。日本語でも職種によって選ぶ言葉に偏りがあるように、デザイナーがよく使う言葉にはやはり興味が強まるのか、目によく留まり、より覚えやすかったように思う。
こうしてデザインの本で出会った単語や、同僚との普段の会話の中で出てくるフレーズをNotionにまとめていたものが、デザイナーの英語帳のコンテンツのベースとなった。書籍には、この中から使用頻度の高いものや、重要度が高い単語を100個選んだ。
ところで、職場のSlackでの検索は実際に現場で使われているかどうかを検証するのにとても役に立った。同僚のデザイナーが普段使っている言葉が詰まった大事な参考文献となった。
自分の身に置き換えられる例文で学びたかった
様々な英語学習の本やアプリに触れていたが、出てくる例文を見て実践でどのように使えばいいのかを、いまひとつ理解できなかったのが長らくの悩みであった。
There was a gathering of financial leaders yesterday.(昨日、財界の首脳たちの会合があった)
キクタン Advanced 6000 212ページ
Tariff barriers can hinder the potential of trade between the two countries.
関税障壁はその2国間の貿易の可能性を妨げるかもしれない。
アプリ 究極の英単語 【All-in-One版】 Level7
gathering が「集まる」、hinder が「妨げる」という意味であることは学べるし、こういう本に出てくるのだからきっと覚えておくべき言葉なのだろう。しかし、これらの例文を「自分の言葉」としてそのまま使える場面をイメージすることができなかった。財界の首脳の集まりや貿易について話す機会は私のこれまでの人生には無かった。
もっと私が専門とするウェブやアプリのインタラクションデザインに関する英語の例文はないだろうかと探したけれど、エンジニアに向けた本はいくつか見つかるものの、デザイナー向けのものはあまり見つけられなかった。
『デザイナーの英語帳』では、この悩みを解消するために、デザインの仕事の現場で実際に使われるであろう例文を添えている。
例えば gathering と hinder は、こんな風になった。
I met many designers at last night's design gathering.
昨夜のデザインに関する集まりで多くのデザイナーに会いました。
デザイナーの英語帳 26ページ gather
「首脳たちの会合」という日本語訳から堅い印象を受けていたのが、「デザインイベントなどで集まること」ともっと軽い目的にも使えることがわかる。
The user experience is hindered by unrelated information.
無関係な情報でユーザーの体験が損なわれています。
デザイナーの英語帳 29ページ hinder
貿易の可能性を「妨げ」ていた hinder はユーザーの体験に対しても使えるのは今の職場に入ってから学んだ使い方。自然な日本語に置き換えて「体験が損なわれる」とした。デザイナーにとって身近な出来事が例文になっていれば、ありありと想像もできる。
本の構成
収録した100個の英単語は、デザインプロセスに沿って7つのフェーズに分けて紹介している。特によく使われるフェーズや、このシチュエーションに当てはめて例文にすると単語の意味が理解がしやすい、というセクションに配置している。
1. define(問題を定義する)
2. brainstorm (チームでアイデアを考える)
3. design(設計する)
4. prototype(プロトタイプを作る)
5. validate(検証する)
6. improve(改善する)
7. deliver (ユーザーに届ける)
また、デザイナーはフェーズごとにさまざまな職種の人と関わらなければならない。各フェーズでデザイナーが会話をする相手が変わることを意識した例文を並べている。
例文執筆では、アメリカ育ちの映像クリエイター・大石結花さんに協力をしてもらった。Pinterestでプログラムマネージャーを務め、多くのデザイナーと一緒に働いた経験から「生きた」フレーズを多く提供してくれた。特に1. define(問題を定義する)は、経営陣やプロダクトオーナーからビジョンを受け取り、プロダクトマネージャーやマーケターとゴールを共有するフェーズでは、彼女の実際の経験が特に生かされている。このフェーズの例文は、デザイナー自身が使う言葉というよりは、他の職種の人が発した言葉を理解することに主眼を置いている。
4. prototype(プロトタイプを作る)では、エンジニアと共に作業をすることを念頭に例文を執筆している。夫の @hmsk からは、アメリカでソフトウェアエンジニアとして、普段からデザイナーと共に働く立場から助言をもらった。
単語をイメージで覚えると楽しくなる
本や記事、現場の会話から学んだ語なのだから、確からしい英語なのかもしれないが、書籍として誰かに届けるとなると話は別である。間違ったことを伝える訳にはいかない。
そこで、本書では同時通訳者の関谷英里子さんに監修を依頼した。Facebook の CEO マーク・ザッカーバーグ氏、ダライ・ラマ14世など世界中の著名人の通訳を多く務め、NHKラジオ講座の講師や著書の執筆などでも活躍されている。彼女とは私がサンフランシスコに初めて訪れたときに知り合ったので、私の英語が拙すぎた頃からの姿を見られているので気恥ずかしくもある。執筆にあたって、彼女の「えいごのもと」は重要な参考文献となった。英語を「訳」ではなく、どんな「イメージ」でとらえたらよいのかを解説している本で、これがとても分かりやすいのだ。
イラストレーターのNoritakeさんが手掛けている表紙が目印
『デザイナーの英語帳』でも、各単語の例文を紹介する前に、それぞれの言葉のイメージを、語源やデザインの現場での使われ方を交えて伝えている。イメージすることで、類語の使い分けであったり、なぜこの日本語訳になるのかが理解しやすくなるはずだ。
『デザイナーの英語帳』紙面イメージ
メインでとりあげる単語は動詞と形容詞だが、他の品詞や例文中に出てきたデザイン用語の解説や、デザインに関するTipsも各ページに添えている。
世に存在していなかったから作った
書籍の話をいただいたのは、1年前の2019年6月頃で、企画が通って契約の話もすませ、じゃあ執筆しましょう!となったのが2019年の11月末くらい。そこから2ヶ月ちょっとでメインの100単語の執筆を、本業の仕事をしながら終わらせなければいけなかった。元々noteで書いているものを書籍化したのだから、ストックがあって楽だと思うかもしれないが、実はほとんどが書き下ろしだ。執筆を始めた当時、noteに掲載していた単語は実はわずか16個しかなかったのだ。
執筆は決して楽ではなかった。けれど、私はこの本を作りたい原動力を持っていた。
この本は、私が3年前に欲しかったものでもあります。英語を学習しているデザインの現場に関わる人の手助けになったら幸いです。
デザイナーの英語帳 190ページ おわりに
3年前、英語がまったく分からなくて、泣きながらデザイナー養成所に通っていた自分に「あの時の苦労をベースにこんなものが生まれたよ」と伝えたい。
本のデザインを手掛けたのはラボラトリーズの加藤さんと和田さん。私からは「デザイナーがデスクに置きたくなるもの」というリクエストをさせてもらった。
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