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【留学を振り返って#1】各月での思い出

1年間の留学は、あっという間に終わってしまいました。
結論から言えば、本当に留学をして良かったと思います。そして、エジンバラという美しくて素敵な国に住めてとても幸せでした。家の階段を上がれば、タイトルの写真のエジンバラ城が見え、5分ほど歩けば、バグパイプが聞こえるプリンセスストリートがあります。

最初の写真の景色は、僕の記憶のエジンバラの原風景となっています。
ここでの1年間の経験は、僕と妻の人生の価値観に少なからず良い影響を与えてくれるものでしたし、間違いなく人生幸せだったと言える時間でした。

コロナ禍で大変だったねというお言葉もよくいただくのですが、ものは捉えようで、できないこともありましたが、逆にコロナ禍でしたできないこともあった気がします。要は、考え方次第ですよね。僕は妻と、今年一年は、(結果として色々なタイミングが噛み合って旅行なども行けたので)本当にラッキーな一年だったねとよく話しています。

このの投稿では、備忘記録も兼ねて、まず1年間で何をしていたかを書いていこうと思います。

2020年9月:ついに留学が始まった。思っていたものとは違ったけれど。

コロナ禍の中で、どうなるかわからない状況で、不安と期待できたエジンバラ。授業はオンラインになり、クラスメートもほぼ中国人という想定と異なる環境の中で、スポーツリソースマネジメントやスポーツマーケティングを学び始めました。授業を始めてみて、初めてこのコースはすごく社会学的なコースであることを知りました。

例えば、スポーツがどう女性の権利を向上させるか、あるいは逆に、新体操などセクシーな衣装を通じて、スポーツが、女性らしくあることを女性に強制し、社会の枠組みに押し留めてしまっているかなど。

結果的には、ビジネスによるよりも、社会学的なコース、スポーツを通じて社会問題を考える機会となったため、とても良いコースでした。また、クラスメイトの構成など、想定と違っても、結構それはそれで楽しめた自分自身の適応力にも驚きました。

そういえば、9月は、エジンバラに到着しいから家探しをして、結局2週間くらいは色々なホテル暮らしでした。色々な場所に住めたのはいいのですが、定住した生活が始められないのは、それはそれで、かなりストレスでした。特に、この時期はビジーシーズンなのと、コロナで内見ができないので色々と難しかったです。次に住むときはある程度、日本から目星をつけた方がいいかもしれませんね。

また、9月の当初は、割とネットワーク作りを頑張ろうと思っていたような気がします。

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2020年10-11月 :美しい秋、すぐに冬の到来と告げるエジンバラ。だんだんと暗くなる、天候だけでなく、課題のせいで私もダークサイドへ踊りだす。

10月が始まるとだんだんと寒くなるエジンバラ。秋晴れの日もありますが、曇りの日もだんだんと増え続けるような気がします。実際この文章を書いている2021年10月ですが、10月になると朝が明るくなるのも、7時過ぎで遅くなり急に冷え込んできた気がしますし、雨も多い気がします。きっと季節の変わり目なんでしょうね。1ヶ月前まではたまに半袖も着れたのに。

天気といえば、去年は、11月の2週間くらい曇りが続いた時があって、少し気が滅入りました。とは言え、この時期を除けば、よくイギリスは天気が悪いという人がいますが、エジンバラは割と晴れ間に出会う事が多い街でした。正確には、1日で天気がコロコロ変わるので、少なくとも1日のうち何処かで晴れの日に会う確率が多かったように思います。

少しずつ授業にも慣れ始め(というか、こなし方がわかってきた感じ)、コロナ禍で毎日図書館に行く生活。最初の課題画で始めたところですね。10月は、アフタヌーンティに行ったり割と余裕がありましたが、11月くらいから翌年の4月くらいまでは、ずっと課題に追われていた気がします。
特に当初は、別の文章でも記載しましたが、アカデミックエッセイなるものに何を書けばいいかかなり戸惑いました。ただ、1年を通じてアカデミックエッセイを書いた結果、少なくとも少しは、課題を設定し、調べ、文章を書く事が苦痛ではなくなった気がします。

2020年12月:クリスマスの到来!はこなかった。だけど、美しいまちエジンバラ。それで十分。

コロナがだんだんと広がってきたと記憶しています。11月くらいまでは、パブや飲食店でもお酒を飲めていましたが、確かこの時期は、パブなども閉まっていました。これはロックダウンかもなと不安な中、初めてStirlingという近くの街に電車を使って、日帰りの旅行をしてきました。お店はあまり空いていなかったけど、とってもいい思い出です。

残念ながら、この年は、名物のエジンバラのクリスマスマーケットは中止になってしまいました。まあ、これはしょうがないですね。また今度旅行で来たいと思います。旅行できたら、こんな街に住んでたんだよなって感激するんだろうなと思います。ただ、旅行で冬にヨーロッパに来ると単純に寒いんですよね。それでも外をウロウロしなきゃいけないという。笑。

2021年1月から4月初旬:忙し過ぎて、目が回る。いや、もはやその記憶もないのさ。

ついにイギリス全土でロックダウンが!空いていたカフェなども閉まってしまいました。本当にがらんどうのエジンバラでした。まあ、そんながらんどうのエジンバラですが、あいからず自然は美しいし、街並みも荘厳です。ある意味とても贅沢なエジンバラでした。1月には、雪も積もって、また違ったエジンバラの顔を見る事ができました。

ロックダウンでしたが、外には自由に出れますし、中央図書館も使えましたし、スーパーも行き放題だったので、その辺りは不便さもストレスもあまり感じませんでした。いや、正確にいうと、あまりこの時期のことは記憶にないと言った方が正しいかもしれません。なぜなら、年末から後半のセメスターは、課題でとにかく忙しかったからです。1ー2週間か3週間ごとに課題が何かしらあったように思います。そのためこの期間は結構ストレッチされたいたなと思います。

要所要所で、友達と寮でこっそりパーティなどしていましたが、それもまたいい思い出です。

3月ごろになると、9月から床屋に行っていなかったこともあり、人生で一番髪が伸びました。そうそう、この事が本当にストレスでした。笑。

あとは、就職活動関連も少し動いていました。
まず、2020年の年末にJPO(日本政府が主催する国際公務員になる試験)の募集を見て、35歳という年齢の最後だったので、こちらにもチャレンジをしていました。結果として最終面接でダメだったのですが、書類準備や英語でのエッセイなど結構大変でした。また最終の英語面接の準備も結構大変でした。この試験開始が1月なのですが、結果は8月に出るという長丁場の試験でした。ただ、チャレンジ自体は、して良かったと思います。これはどこかで記事にしたいのですが、先行が進むにつれて、どこかしら本当に国際機関で働きたいかという疑問が自分に湧いていたのも事実です。まあ、結果は出なかったんですが笑。

また、JPOに並行しながらも、日本の知り合いのCFOの方が紹介してくださったその会社のUKでのインターンの準備や、某日本の元ユニコーン企業の選考も行っていました。この辺りの話は、長くなるので別途、将来キャリアや就職活動を通じて考えたことという記事にしたいと思います。

2021年4月から8月:インターンの開始、論文も開始。論文はやる気が出ないし、路頭に迷い気味。しかし、誰もが通る道と信じて、毎日少しでも進むのみ。

4月からインターンを始めたので、最初はこちらが忙しかったように思います。インターンで感じたことは、また別の記事にしようと思います。

論文に関しては、4−5月は今思えば、そこまでやっていなかったなと思います。結局期限が近づかないとモチベーションが上がらないというのは、もう治らないと思います。逆に、いつも最後は期限に間に合わせてきたという事実を見て、いつもどうにかしてきたと思うようにするしかないですね。

5月は、友人から家族(猫)を預かりました!夢の猫生活がUKでできて、幸せでした。その名もイレブン。なんか、人面猫みたいな顔をして、とっても可愛い。初日から堂々とうちで寝ていたので、只者ではありません。

6−8月に関しては、ようやく論文のテーマや用いる概念もしっかりと決まり、だんだんと本腰を入れてやるようになってきました。一方で、インターン先の組織文化について、合わないかもなーとの思いも。

2021年9月から帰国:旅行三昧。ただ、旅行もそれなりに大変。普段と違うことをすると、妻との喧嘩が生じるのは、真理かもしれない。

この時期は、真の自由の時間でした。

旅行については、おいおい記事にしようと思います。

ただ、UKのベストシーズンは、9月半くらいまで。10月に入るとだんだんとシーズンオフになるので、もう少し早く論文を終わらせて、ベストシーズンで遊んでいればよかったかもしれません。

まあ、早めに論文終わらさられていれば苦労はないわけで。

ただ、旅行は、最高でした。旅行記も書こうと思います。


そんな一年でした!そして、あっという間の日本に帰国でとても濃密で夢のような時間でした😃

では、また!








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