アメリカ史
アメリカ史
米国に長年住んでいると、日常的に、人種問題がニュースになる場合が多い。
人種問題の研究者ではないので、詳細は分からないが、 合計45年以上、米国に生活した経験を通して、感じたことはある。
昔、昔、1980年、米国南部のジョジア州で、 半年以上偶然、日系企業の工場で、働いていた時のことだ。
工場で、新規に採用された、工員さん150人近くは、全員アフリカ系アメリカ人であった。
それに対して、新規に採用された係長級、課長級の人は全員白人であった。
ジョージア州政府、ジョージア州立大学、並びに弁護士などが、 採用に関するアドバイスをしていた。
当時の、その地域の雇用形態が、採用されたに違いない。
南部ゆえもあり、人種により、仕事の内容も地位も違っていたのだ。
米国の首都である、ワシントンD.C.に移り住んでから、 始めは、日本から来た方々の、ガイドの仕事も少しした事があった。
ワシントン、DCの、当時の古いガイド用参考書で、にわか勉強をして、マイクを握って観光バスの中。
「自由時間になっても、14番街より東側には近づかないように。」と、ガイドの虎の巻どうりに、私は説明していた。
21世紀の現在は、14番街の東側の再開発が進んで、若い人々が新設コンドに、住むようになったので、街の雰囲気はずいぶん変わった。
アパートの賃貸料金さえ、急激に値上がりした。
昔から住んでいた人々は、値上がりした賃貸料金が払えず、やむを得ず、他所へ引っ越すケースが増えている。
たぶん、最近のガイドブックの説明も、変わったに違いない。
ワシントンD.C.は特別行政区で、どの州にも属さないので、他州のように、二人の上院議員を、国会に送り込んでいない。
約67万人の住民が住んでいて、その75%がアフリカ系アメリカ人だった。 東側にアフリカ系アメリカ人が、密集して住んでいた。
貧しさ故、暴力沙汰、麻薬の取引、拳銃の撃ち合いも、日常茶飯事で、家の中にいても、流れ弾に当たって、殺される可能性さえある。
夫の会社はたまたま、その東側が所在地だった。
夫は、娘の学校区の事を考え、ワシントンD.C.の西側に隣接する、メリーランド州にある、中産階級用の住宅を購入した。
公立学校の場合、学区内から通う規則があったのだ。
今振り返ると、結局は、白人が大多数を占める地域を、選んでしまったことになる。
10歳の娘の安全性を考慮、また、大学進学率の高い学区内にある家を購入した。
多くのアメリカ人は、ほとんど無意識に、 自分の家族と子供達を守る事だけを考えて、住居を選択する場合が多い。
当時は、自分達の日常にかまけて、アメリカの歴史的黒人問題を、しっかり勉強しなかったと反省中だ。
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