エマ@元毒親

子供の不登校がキッカケで、子供の気持ちになってみることができ毒親卒業。 しかし待ち受けていたのは、、、私の母も毒親だと気づいたこと。 離婚を機に25年ぶりに同居してわかった母の毒、避けていても解決しない辛い日々、 ならば向きあってみようと。今の目標は“母を気にしなくなる”です。

エマ@元毒親

子供の不登校がキッカケで、子供の気持ちになってみることができ毒親卒業。 しかし待ち受けていたのは、、、私の母も毒親だと気づいたこと。 離婚を機に25年ぶりに同居してわかった母の毒、避けていても解決しない辛い日々、 ならば向きあってみようと。今の目標は“母を気にしなくなる”です。

最近の記事

あんたはスーッと大きくなった と母に言われた記憶があります。 また、私は誰かにこう言った記憶があります。 弟だけでなく私までやんちゃだったら母さんが困るでしょ と。 “親が子の気持ちを大切にする”ところ、 “子が親の気持ちを大切にする”に 逆転していたのだと気付きました。

    • 大学生息子の卒業式、朝寝坊?起こすかどうか悩んだ話

      先日に、卒業式は10時からと息子から聞いていました 大学まで電車とバスを使い1時間以上かかります バスが混むかも、、、と心配していた息子 当日、8時を過ぎても起きている気配がありません 私はもうすぐ出勤のため家を出ます 息子の部屋のドアはいつも閉じられており、 用があるならLINEで伝える というルールがあるので ノックするのもためらわれるのでした 今まで朝寝坊など気にならなかったのになぜ… いつもなら、いつ起きるかなんて本人に任せていたものを この日はなぜか気になっ

      • 玄関ドアの開閉がうるさい高齢母、特に早朝はご近所にも響く 注意しても「気ぃつけてんねんけどなぁ」と言うばかりで直らない イライラしながら数年経ち、ふと気が付いた私 (ドアの調節すればいいんじゃないの?)と 調節の仕方を検索して実行→静かな音になりました 一歩引いて見るって大事

        • 「母とは航空母艦である」 という考え方はどうでしょう。 子どもたちを戦闘機にたとえて。 社会へ戦いに出た彼らは、疲れたら帰ってきて羽を休めるのです。 それと同時に空母自身も動いており、また、戦闘機のメンテナンスができるように整えておく必要があります。 母にも向上心が大事かと。

        • あんたはスーッと大きくなった と母に言われた記憶があります。 また、私は誰かにこう言った記憶があります。 弟だけでなく私までやんちゃだったら母さんが困るでしょ と。 “親が子の気持ちを大切にする”ところ、 “子が親の気持ちを大切にする”に 逆転していたのだと気付きました。

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        • 玄関ドアの開閉がうるさい高齢母、特に早朝はご近所にも響く 注意しても「気ぃつけてんねんけどなぁ」と言うばかりで直らない イライラしながら数年経ち、ふと気が付いた私 (ドアの調節すればいいんじゃないの?)と 調節の仕方を検索して実行→静かな音になりました 一歩引いて見るって大事

        • 「母とは航空母艦である」 という考え方はどうでしょう。 子どもたちを戦闘機にたとえて。 社会へ戦いに出た彼らは、疲れたら帰ってきて羽を休めるのです。 それと同時に空母自身も動いており、また、戦闘機のメンテナンスができるように整えておく必要があります。 母にも向上心が大事かと。

          母とはこうあるべき!と思っていた私は“子ども”だったのかも。

          私が母に、 母親ならこうあるべきでしょ と思っていたのは、 実は私が自分の立場を“子”として母に接していたから だと考えました。 ♦母って子どもの望みを叶えるものでしょ? なんで私の話を最後まで聞かないの? あなたは私の母親でしょ? 子どもの話をちゃんと聞くべきじゃないの? 何を言おうとしてるのか分かりたくないの? やろうとしてることに水を差すようなこと言わないでくれる? やってることに口出ししないでくれる? なんで“頑張ってるね”が言えないの? “いいね”って言わな

          母とはこうあるべき!と思っていた私は“子ども”だったのかも。

          母の器は、私が思っていたよりずっと小さかったのだ。。。

          思っていたより母の器が小さかったと気付くまでは、 母の悪いところを一つ見つけると、 あれもこれもと、たくさん探し、 そのことばかり考えて ネガティブな感情はどんどん大きくなっていました。 顔を見るのも辛く、 同居ではあるけれど、できるだけ避けて過ごす ということをしてきました。 でももう限界、、、 何とかしないと私がつぶれてしまう、、、 嫌い嫌いと思っていると、 ますます嫌いになっていく自分が辛くてたまらなかったのです。 ♦母の器を小さいと思うに至ったワケ 嫌いだ嫌い

          母の器は、私が思っていたよりずっと小さかったのだ。。。

          認知症のこと、介護のこと 以前ブログに書いていたのを思い出したので、 ここに貼っておきます。 ★https://simpleisbest2020.hatenablog.com/entry/ninchishou_-5-knowledge ★https://simpleisbest2020.hatenablog.com/entry/care-5knowledge

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          高齢毒母の乗り越え方を考えてみました

          毒親の定義を、 親そのものを指さずに、 自分の中にいるネガティブな親の存在 であると捉えたら、 自分の心の持ちようで、 乗り越えられるかもしれない。 母は高齢となり、 私もそれなりの年齢となった今、 母が私にとやかく言うこともなくなってきてるし。 ならば今がチャンス 自分の心と向き合ってみようと 思うのでした。 ♦今、何が辛いのか 今まで母に支配されていたのだと気づき、 いろんなイヤだったことを思い出し、 とっても遅い反抗期を迎え、 顔を見るのも辛いほどに。。

          高齢毒母の乗り越え方を考えてみました

          毒母の呪縛から抜け出すために今日やったこと

          考えたくなくても考えてしまうのが辛くて、 じゃあ母のイヤなところ吐き出しちゃえ~ と書き出してみたら、あっという間に24コ書けました。 そのあと書いたものを見返してみると、 これは性格だから変えられないな… 高齢だから仕方ないか… って。。。 やっぱりこのまま時が過ぎていくのだろうか と諦めつつ、買った本を読んでみました ↓ 「親を憎むのをやめる方法」ってハマり過ぎでしょ。 でも数冊読んできた中で、一番効果があったかも。 ということで、読後感書きます。 ♦まず親のこ

          毒母の呪縛から抜け出すために今日やったこと

          言わないけれど実は“毒親持ちで辛い”って人、結構いるんですね

          私、自称、元毒親です。 今は毒母と同居の身、生き辛さを感じながら暮らしています。 母は高齢ということもあり、今から別に住むことも諦めようかなと。 それはさておき、世の中には、私のように毒親に苦しむ人たちが たくさんいることを知りました。 毒親に関する本を数冊読んだり、YouTube を見るなどして 視野が広がり、苦しいのは私だけじゃないんだと知りました。 毒親を取り上げたドラマやコミックなども支持され、人気があるとのこと。 テレビも見ないしコミックも読まない私には届かな

          言わないけれど実は“毒親持ちで辛い”って人、結構いるんですね

          【毒親の定義】不安が強く、強迫観念(こうでなければいけないという強い思い込み)から子どもをコントロールしがちで、子どもの気持ちを思いやれない親。 (「気づけない毒親」高橋リエ著 より) うちの母、これだ、、、

          【毒親の定義】不安が強く、強迫観念(こうでなければいけないという強い思い込み)から子どもをコントロールしがちで、子どもの気持ちを思いやれない親。 (「気づけない毒親」高橋リエ著 より) うちの母、これだ、、、

          25年ぶりに親と同居して、母は毒親だったのだと気づいて。そういえばあの時も…と、たくさん思い出すのでした。

          気づかなかった、いや気づこうとしなかったのですその時までは。 母が実は毒親だったなんて、、、 この世に産まれてから一番最初に出会う人は母、それも毎日。 私より何でもできて、何でも知ってる そりゃそうですよね、大人なんだから。 当たり前のことなんだけど、小さかった私には、 母は何でもできるすごい人だったのです。 だからずっと頼って生きてきたし、 母の言うこと・やることは間違いないと思ってました。 それがです、、、 崩れ始めたのです25年ぶりに同居してから。 それをきっかけ

          25年ぶりに親と同居して、母は毒親だったのだと気づいて。そういえばあの時も…と、たくさん思い出すのでした。

          不登校の息子の心が知りたくてもがいた末、毒親から脱出しました。

          小5から中3の間、不登校だった息子、 今ではカウンセラーを目指し、春から大学院へ。 ちなみに上の子(娘)は他府県に一人暮らしを始めており、 やりたいこと全部やる! と、生きる力をつけているところです。 さて、不登校の息子とどう接したか これはとても難しかったです。 教育相談に通う、ウェブで検索、書籍を読む、DVD購入など 息子の心を知りたくていろいろやってきました。 その中で、 「はっ!私これやっちゃってる……」 と思い当たるところがあったのです。 まず、学校に行ってほし

          不登校の息子の心が知りたくてもがいた末、毒親から脱出しました。