私の事件簿
電話は、突然に鳴った。
「上田さんのお宅ですか?高橋というものですが、正弘さんいますか?」
───何か感じるものがあった。
「昨夜遅かったので、まだ休んでいます。」
「起こしてください。」
「いえ、眠ったばかりなので、ご用件があれば伺います。主人に伝えて、かけなおしてもらいますが。」
「いえ、急用なので取り次いでください。」
「わかりました。お待ちください。」
私は力を入れて彼をゆすった。
「正弘さん。高橋という女の人から電話よ、ほら電話。起きて!」
「あ-」
なかなか起きない。
「電話だって。起きて。」
面倒くさそうに彼はおきた。
「もしもし…」
何か話している。
「ちょっと用事ができた、出かけてくる。」
今日は午後から遊園地に行く約束だった。それより何、今の電話?問いただしたいことがいっぱいあるのに…。
彼は、私たちを置き去りにして出かけて行った。
ここから、家庭崩壊は始まった。
私たちは結婚して5年、3人の子供がいる。4歳の長男、2歳の長女、生まれて4か月の次男、私は専業主婦だ。主人は大手の運送会社勤務。今でいえば、朝早くから夜遅くまで長時間労働のブラック企業極まりない。いつも23時24時の帰宅は当たり前、朝は6時には出勤。寝不足で事故をしてしまうのではないかと、いつも心配をしていた。
時には職場までの送り迎えもやっていた。専業主婦の私は、彼の好む食事を作り、子供の世話をしながら、自分でいうのはおかしいが良妻賢母をやっていた…はずだった。
責めれば責めるほど、彼は遠くに逃げて行く。
車の中に私が作ったものではないお弁当の空。動いているサイドシート。ときどき鳴る無言電話。怪しい事例はいくつかあった。今でいう匂わせ女子である。
極めつけは、彼の子供ができたと申告してきた。
ウソであったが…。
当然親族交えて話し合いとなる。彼は言い放った。
「ここまで事を大きくしたのは、お前だからな。」
彼によればちょっとした浮気だったのに、事を大きくして後戻りできなくしたのは私だと言うのだ。
彼女は、すごく若い。成人したばかりである。
親に止められても家出しても、彼を慕ってくる彼女。
とどめは自殺未遂。のちに彼は言った。私に不満があるわけではなかった。私は1人でも大丈夫だけど、彼女には、自分しかいなかった…と。
何を言っているの?あなたには子供がいるでしょう?親としての責任は?
この人はもう、父親ではない。
「ただいまー。」
いつも帰りが遅い主人に合わせて、うちの子供たちも夜遅くまで起きている。
「おかえりー、パパー。」
嬉しそうに飛びつく。
主人も満面の笑みで子供たちを抱き上げ、お風呂に入る。3人をお風呂に入れるのは彼の役目である。子供たちが起きる前に出勤するため、子供達と触れ合えるのはこの時間しかないのだ。まだ保育園や幼稚園にも行っていないことから、親の都合に合わせていたが、そろそろ生活習慣を見直さなければと思っていた時期だった。
上の2人を洗い終わり、あがって来ると末っ子での番。首が座り、扱いやすくなってきたが、連携プレーでやらないと着替え授乳と大変である。子供を可愛がり優しいパパであったはずなのに…今は子供たちが目に入らないのか。
不協和音の中で、もがき苦しんだ。裏切られた悔しさと将来の不安、子供たちにとって何がベストか?離婚をするまでに悩み2年の時間を要した。その間2人は駆け落ちというショッキングな方法で逃げて行った。警察にも捜索願を出した。この時期、生活保護も受けた。需給日に、印鑑を持ち列に並ぶ。
みじめで、恥ずかしくて、たまらない。
末っ子が1歳にならなければ、保育園に預けることも出来ない。働きたくても働けないのだ。
幸い11ヶ月になったとき「子供同伴で仕事にきていいよ」というところがあり、仕事に就くことができた。生活に追われる中で、周りの助けも受け、私がしっかりしなければと覚悟を決めた。
けれど、夜になると涙が出た。隣のご主人が、車で帰って来た音がする。うちにはもう帰ってくる人はいないんだなと。
子供たちは私を支えてくれた。私が支えたのではなく、ささえてくれた。力をくれた。
有り難い。とりわけ長男は下の子の面倒をしっかりみてくれる。お兄ちゃんを慕い仲良く遊んでくれる長女、無邪気で何もわかっていない末っ子。愛おしい限りである。
私は、働いた。
株式だけど、個人商店のような小さな会社。外国の品物を扱い入荷のたびに動かなければならない。時には夜遅くの引き取りや休日返上もある。その度に子供たちは3人だけのお留守番もある。撮りためたアニメをみせたり、寝かせつけたり、後ろ髪をひかれるような思いをしながら、仕事へ向かう。
「すぐに帰ってくるから、お兄ちゃん頼むね。」
こんな言葉をかける、長男は長男でなくてはならなかったのだろう。
その後小説にかけるほど、いろいろな出来事がたくさんあって、今がある。
とても幸せである。4人の子供たちに恵まれ、それなりに暮らせている。
時の流れにより癒されたこと、成長したことで感謝出来るようになった。今は、彼も苦しんだはずだと思える。
これは、私から見た1つの事件簿で、彼や彼女から見たら違う事件簿が書けるだろう。
人生 塞翁が馬。
これからもどんな事件簿が展開するのやら。