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◆エクスタシーってなんだろう?

性って、エクスタシーってなんだろう?という疑問について、はぐとやり取りをする中で、少しずつこういうことかな?って思うことが増えていった。

私(おね)は、いつも考え事や独り言を書いてはぐに読んでもらっていて、その内容を抜粋しながら整理してみようと思う。

はぐに宛てた、おねの独り言 ↓ ↓

窓から木を眺めていた。木も、はぐも、同じって感じに見ていたら、一瞬ふわっと気持ちよかった気がして、性ってなんだろうと思った。

性って、気持ちいいってなんだろう?そういう時はどこと繋がっていて、どこからきていて、性の先には何があるのか… 人はどうしてこの感覚を持ってるんだろう。性って不思議。

ソファーでぽかぽか陽気のおひさまの恵みを感じながら、性についてあれこれ真面目に考えるおねでした。

そんな風に、性ってなんだろう?という疑問を持っていた頃、はぐが、"人が話している時に否定も肯定もない状態で聞いている"という話をしてくれた。

否定も肯定もなくただ在る、みたいなはぐを想像した時、どうしてなのか惹かれるような感じがした。

人に惹かれる時って、個性や特出した部分への反応な気がしてたけど、否定も肯定もない状態は、個性や我みたいなものから遠のいている。

それなのにそんな感覚になったのはどうしてだろう!って、はぐに聞いてみたら、それがエクスタシーだよって返ってきた。

それがエクスタシー??? それがエクスタシーなの??!

頭ではどういうこと?と思いながら、性ってなんだろうの疑問に対して、そういうことか~ってどこか少し謎が解けた感じもしていた。

それで、また、はぐに独り言を送った ↓ ↓

自分というものが薄れて、あなたもわたしも自然もぜんぶ同じってなって、そんな風に溶けちゃうって気持ちいい。

人が性を求める理由は、生存本能や色々だとは思うけど、無意識的にそういうことを求めているっていうのもあるかもしれない。

人って何の為に生きてるんだろうって思ってたけど、人でありながら人である自分を手放していくみたいな目的が人によってはあったりするのかな。

それって悟りのようなもので、人は輪廻転生を終えたら解脱するっていうけど、みんなそこを目指しているのかなー!

違うかもしれないけど、そんな気がするという話でした。性とは何か?を考えていたら、いつのまにか解脱の話になっちゃった~

また、別の日の独り言 ↓ ↓

おにぎりを食べて気持ちよくなる話(2)』の最初でおねが言っている、分離してるものが一緒になることが気持ちいいって話…

人と人の性の関わりは、その究極に気持ちいいバージョンかもしれないけど、はぐが真夜中に自転車で雨にうたれるとかもさ

外に出ようと思ったはぐがいて、出会った自転車に触れて一緒に走って、雨雲から降ってきた雨にうたれてとか、生きてるだけでそこらじゅうに一期一会の出会いや触れ合いや気持ちよさがある。

一期一会も気持ちよさのひとつに思えたりするかも。その瞬間って、その瞬間にしかないんだもん!それを感じてる瞬間って気持ちいい。

生きてるってエクスタシーだ!だから、無意識に過ごしてしまうのはもったいないよね、できるだけ色々なことをしっかり味わって生きたいな。

この前はぐと、お風呂でお互いを洗いっこしたいねって話していて、それからというもの、はぐを洗ってあげる妄想をしては気持ちよくなっている私。

はぐの肌に触れた時、自他の境界がなくなっちゃう感じがするというか…

はぐに触れて気持ちよくて、それはきっとはぐも気持ちよくて、はぐが気持ちいい=自分が気持ちいいのと同じだから、どっちがどっちか分からなくなって、そこにはもうただ気持ちいいしかないみたいな。

日々のそんなこんな色々な感覚を思い返したり、独り言を読み返して、改めて気持ちいい(エクスタシー)ってどういうことかなって考えてみると…

一般的にどうなのかは分からないけど、私の感覚としては、"愛"という状態にあるってことかもしれない。

愛って何?って難しいけど、『いつから好きか思い出せない話し(1)』の記事の中で、はぐが、"あらゆる信念のないところが愛"だと言っていた。

否定も肯定もしないはぐに惹かれたのも、それって信念のない状態ってことだから、そういう部分に私の何かが反応したのかな。

愛を言い換えるとワンネス、もっと単純に言えば、自他の境界が薄れて繋がった感覚が得られる時にエクスタシーを感じる。

言葉にするのは本当に難しいけど、現段階で私がエクスタシーについて思うことは、だいたいはそんな感じ。

これってまだまだちっぽけな理解かもしれないから、もっともっと色々なこと深めていけたらいいな~。

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