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別府湯巡り紀行 壱
この物語は
2022年11月5日、6日に
別府ビーコンプラザ
フィルハーモニアホールにて行われた
即興演劇集団「ロクディムにわか」公演
劇場観覧に乗じて
にわか湯巡りをしまくった
ある男の記録である。
目次
序章 なにも知らないのはいつものこと
第1章 別府の洗礼
第2章 長い道のり
第3章 別府市民憲
第4章 猫の目
第5章 爽やかな海に
第1章
別府の洗礼
~始まりの湯~
1日目 08:45~09:20
駅に着いたのは08:45
観光案内所の扉を見やる。
09:00だと思っていた開業時間表記は
08:30オープンだった。
何人か先客がいた。
だが行列ってほどでもない。
1番窓口の男性職員が用件を聞いてきた。
「いらっしゃいませ…」
「ええと、スパポートを買いたいのですが」
「でしたら…2番、3番の窓口でお伺いします」
「こちらへどうぞー」
物腰の柔らかい人たち。緊張が解れる。
無事スパポートを入手。110円。なんてお手頃!
(スタンプを集めるため、別府を歩き回ることになるなんて、まだ何も知らない)
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3日間の珍道中を耐え抜いた姿
さぁ!まずは予定を再確認。
ロクディムの舞台、開場は17:00。
開演は18:00からの予定だ。
宿へのチェックインは…16:00頃にはしたい。
宿から会場のビーコンプラザまでは
歩いてもだいたい30分くらいだったはず。
今からのこの7時間あまりを
初日の湯巡りの時間としよう。
ここでこの旅の湯巡りで
参照にしたサイトを載せておきます
「かけ流しクエスト」↓
https://kakenagashi.com/category/beppuhattou
別府にある数多の温泉について
駐車場の有無や場所の案内、営業時間や
定休日、料金など色々と情報がありました。
特に、エリアごとに分けられたマップ。
地図と連動していて直感的に
温泉施設がどこら辺にあるのか
大変見やすかった。
ただし、料金は2022年10月を境に
値上げしている施設もあります。
ご注意下さい。
今思えば、このサイトを熟読していれば
苦労も軽減されていたのだろうが
この時の私は(ry
1湯目 駅前高等温泉
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鮮烈な始まりの洗礼が待ち受ける
駅からまた海側へ道を下るとほどなく
右手に見える趣ある建物。
駅前高等温泉だ。
駅から歩いて3分とかからない。
玄関前には手湯がある。
記念すべき1湯目。
中へ入ると番台におとうちゃんが座っている。
「おはようございます。1人なんですが…」
勝手分からないまま支払いをしようとする私。
おとうちゃんは
「券…」
と短く言い、券販機を指差し案内してくれた。
券売機には「ぬる湯」「あつ湯」とあり
どうやら湯の温度が違うようだ。
はじめてなので「ぬる湯」を選んでみる。
「あっ、それとスタンプを押したいのですが…」
おとうちゃんはまた物静かに案内する。
券売機から振り返ったところに
こぢんまりとスタンプ台がある。
言われないと気が付かないくらいの物陰だ。
無口で無骨で味のあるおとうちゃんだなぁ…
などと考えながらスタンプを押す。
「ぬる湯」「あつ湯」の入口は番台を挟んで
それぞれ左と右に、ドアで分かれていた。
靴を脱ぎ下駄箱へ置いていると、おとうちゃんが
脱衣所へのドアを開けてくれていた。
「あぁ!ありがとうございます…!」
おとうちゃん、優しいなぁ!
案内されるまま、歩みを進める。
短い廊下の先は引戸。
そして脱衣所となっていた。
脱衣所はロッカーと小さな長椅子。
椅子の下に幾つかの脱衣カゴが置かれている。
脱衣所と浴場の間はガラス窓で仕切られている。
浴場は半地下の様子で、浴槽などは見えない
窓からの午前の光が優しい。
ロッカーに荷物を置いて、上着を脱ぐ。
「ザバーッ」
浴場の方から音がする。
おや。
先客がいるようだ。
入ったら挨拶しないとな…
マナーが大切って書いてあったし…
どんな年代の人なんだろう…
ぼくと同じように観光かしら…
など考えつつ、ズボンを下ろしかける。
…むッ?
ふと長椅子下のカゴが映る。
普段、人の衣類などに興味なんてない。
あれ?何?この違和感…
…ん?なんか妙に…
「ザバーッ」
まじまじと見たわけではない。
一瞬だけ目の隅にチラッと見えた衣類。
それはうす茶色の上着のようで
よっぽどお洒落な男性でなければ
身につけるような色合いとは言い難く…
数秒、思考が停止する。
目の前の荷物の入ったロッカーを見つめ
ズボンに手を掛けたまま固まる。
…まてまて?
ひょっとして…?
ひょっとするが…?
超高速で思考がめぐり
弾き出された回答は
絶体絶命の現状
ここ、女湯?
そして、私は男である。
おとうちゃん、勘違いして案内した説!
原因はなんなのか。身に覚えはある。
立ち舞いのせいかもしれない。
ガサガサした振る舞いを良しとせず
しっとり落ち着いて暮らしたいと願う性質…
だが、そんなものより
明らかな元凶があった。
見た目である。
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これまでも、これからも
めちゃめちゃ勘違いされる人(本人)
身長は157センチ、小柄。中肉中背。
ダウンジャケットで体型なんて分からない。
ただ頭髪は黒髪。長髪を後ろに結んでお団子。
前髪は目にかかるからと旅前に自分で整えた。
ややハッキリした眉と目。尚且つマスク姿。
これまでにも、会社のトイレとかで会う人に
「あれっ!?ここ女子トイレかっ!?」と
ビックリされることは何度かあった。
小便器の前に立ってるでしょうが?
でもまあ混乱しますよね…こんな見た目では…
少なくとも無自覚でない部分も
まぁ、あるにはあったわけで…
いやいや。
いやいやいや!
それどころではない。
急を要するぞ!
あわてふためく中で理性が仕事をする。
浴場を覗いたら絶対にダメ!
絶対ダメよ!
半地下のようで、こちらからもあちらからも
姿を直視できないのが不幸中の幸い…!
「ザバーッ」
でも、いる…
確実に、…いる!
というか早く!
早く、ここから出なくては!
もし先客と鉢合わせでもしようものなら…!
瞬間、頭をよぎる言葉
「通報… 逮捕… そして、旅の終わり」
ダメだ!ダメだ!
初手で詰むなんて!
絶対ダメだ!
バタバタと上着を羽織り
荷物を引っ掴んで脱衣所から脱出。
ドアを開けて振り返る。
ドアの上には…
年期の入った「女湯」の文字。
ああ…やはり。
番台のおとうちゃんは慌てて出てきた客に
怪訝そうな顔を向ける。
「ごめん、ぼく、オトコ!オトコ!」
と、息を切っているからか、妙な片言になる。
おとうちゃんは目を丸くして驚きつつも
静かに「ぬる湯」の男湯のドアを案内してくれた。
(驚かしちゃって本当にごめんなさい…)
ハァ、あぶなかった。。
早くも打ちのめされかける。
呼吸を整え無事、男湯の浴場に入る。
浴場へは階段で半地下になっている。
洗い場には先ほどの連れだろうか
先客が鏡を見ながら髭を剃っている。
「失礼しまぁす…」横で体を洗い流す。
浴槽は2つあった。
日差しが柔らかく射す、洗い場に近い浴槽。
もう1つは、階段下へ入り込んだ構造の浴槽だ。
洗い場に近い浴槽に1分ほど入る。
その後、奥の少し暗がりの浴槽に移動する。
階段下の浴槽には人が一人が入れるくらいの
凹みがあった。2分ほど凹みにて浸かる。
狭い…この感覚は…何かに似てるなぁ。
お尻から体育座りのようなスタイルで
浴槽内側と背中をピッタリに合わせて浸かる。
暗くて狭い水(お湯)の中…
あぁ、これはきっと…
ザリガニの気持ち…。
へっへっへっ、と、
変な笑いが出てくる。
ザリガニて。
真っ赤に茹であがる前に出るとしよう。
体を拭き「お先に失礼します」と
先客へ軽く会釈する。
彼はずーっと髭を剃っていた。
脱衣所へ戻る。
さあ。
着替えて次の温泉だ。
…うーん、贅沢だな。朝から湯巡りなんて。
バチが当たるんじゃないか?
いやいや、さっきえらい目にあったから
きっと大丈夫だろう。考えすぎだ。
「ありがとう。良いお湯でした
また来ます」
優しいおとうちゃんに言い残し
笑顔で施設をあとにする。
だがこの時は、まだ知らない。
この『湯巡り』という
真の奥深さ
そして恐ろしさを。
終わりにまで連なる出来事は
既にこの時
全て、始まっていた。
つづく
次回 第2章 長い道のり
~2湯目には入れない~
御期待下さい
別府八湯温泉道公式HP https://onsendo.beppu-navi.jp/
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