小樽百鬼夜想曲 壱
第1章 往路
2024年8月23日~25日
人生初、北海道•小樽へ
音楽と魂の旅路の記録である
空路 セントレア
8月23日 朝
『稲沢辺りで大雨、名鉄線に遅れ』
SNSでそんな内容が流れてきた
寝ぼけ眼で、確認してみる
どうやら夢ではないようだ
朝の8時くらい 軽く青ざめる
15:30発の便で新千歳へ向かうのだから
11時くらいに自宅を出る予定だった
何があっても搭乗に遅れるのだけは避けたい
予定から1時間出発を繰り上げて
10時前に自宅を出る
早すぎて悪いことはあるまい
名古屋までは通勤定期が使えるので
実質の運賃は名古屋からセントレアまで
セントレアへは近鉄から名鉄に乗り換える
特急ミュースカイか、準急を使うルートがある
特急に乗らないと遅れてしまうかな
そう思っていたが
名古屋駅からのダイヤは
想像していたより乱れていない様子
4分遅れでやってきた準急で
空港を目指す
12:40
セントレア中部国際空港駅のホーム
大きなキャリーを持つ家族連れが目立つ
来日の人たちの姿も多い
国際色豊かなターミナルへ入る
まずは搭乗…手続き…
え~?…何したらいいの?
飛行機に乗るのは3回目だ
修学旅行で20と幾年か前に
成田だか羽田から熊本と福岡の
往復便に乗った以来である
自分で搭乗手続きするのは
無論初めてのこと
事前の下調べで
搭乗には3回ほどチェックがあるらしい
1、 搭乗チェックイン(オンライン)
2、 保安検査場で手荷物を検査
3、 搭乗口で受付して機内へ
こんな流れらしい。さて…
まずはオンラインでチェックインを済まそう
チェックインは24時間前から可能で
どうやら席が選べる様子
エア・ドゥのサイトにて座席を探す
灰色の座席シートの中に青色のシートが1つ
ん~?…おやおや?
これは…??
もしかして、今回の乗客の皆さん
私以外全員チェックイン済みですか?
何度見返しても、機内の席は
機首から後部までズラリとと灰色
選択できない中に青色の空席が1つ
最後のひとりか…いっそ清々しいね
次からは早めにチェックインしようかな
守「乗る席があるだけマシ」
そうですね
搭乗する飛行機の離陸時刻から
1時間は余裕をもって
空港で手続きするのが一般的のようだ
ギリギリだと所定の手続きができなくなり
最悪、離陸する飛行機に乗れなくなる
楽しい旅の出だしに搭乗できないとか
考えるだけでも恐ろしいですね
現在時刻は13時、出発時刻までは
まだ2時間半もある
乗り遅れて、行けなくなるよりはいいか
時間があるのは
全然困るような状況じゃない
折角なので空港内を見て回ろう
マルシェが出ていたる
そこには「北海道」の文字
脳内が、ちょっとだけざわつく
守「ここはもう北海道か?」
監「まだギリギリ愛知県です」
煩「もうここでお土産買って帰る?」
財「宿もライブもどうすんだよ」
健「トウモロコシとか美味しそう!」
煩「齧りながら飛行機乗ってもいい?」
守「わし、カニ触りたい」
監「(うるせぇ)落ち着いて下さい
北海道行ったら
トウモロコシもカニも、きっと
その辺に生えてますよ(適当)」
静止させる言葉を放ってみたが
そんなわけあるか、と
誰も突っ込んでくれない
北海道だし、そうかもねぇ…とか
人口の半分がカニだったよな、とか
おかしな納得が広がりつつある
うーん…落ち着いたからいいか
セントレアに来たのは3回目だろうか
大学を出てから初めの就職先の出店か何かで
来たような、あとは、はぐを連れて来たような
なんとなく覚えている程度だ
その時以来の来訪だと記憶する
(「はぐ」は子の愛称)
マルシェ賑わうスペースの両サイドは
有名飲食店のテナントが軒を連ねる
滑走路方面はガラス張りで
屋外の空が映えて明るい
この先は確かスカイデッキがあるはずだ
歩みを進める
スカイデッキからは
飛行機の離発着が見られる
距離はあるものの
エンジンの音は腹に心地よく響く
セントレア中部国際空港は
伊勢湾に浮かぶ人工島
デッキの上はじりじりと暑いが
遮るもののない海上からの風は強く
酷暑の夏であっても爽やかだった
潮風が気持ち良く晴れていた
天カ須賀の発電所や四日市のコンビナート
海を行き交う大型輸送船などよく見えた
小一時間は飽きもせず
飛行機の発着便を見ていた
ひとしきり楽しめたので
ターミナルへ戻る
館内は空調が効いていて
別世界のよう 涼しい
オンラインチェックインが終わった客は
QRコードをかざしてゲートを通り
空港のチェックインを済ませる
ゲートでは搭乗チケットを受け取る
搭乗口の番号が書かれている
続いては保安検査である
飲料やモバイルバッテリー、スマホなどは
荷物から取り出しトレーに広げてておく
検査員が確認をするためだ
当然、ハサミなど危険品の持ち込みはできない
数日前、空港の売店でハサミが紛失して
便の発着に影響が出たらしい
翌日ハサミは見つかったそうだ
そのニュースを見た時は
「頼むから旅行当日はやめてね?」
と思ったものである
荷物の整理は得意じゃないので
前回からの荷物が紛れていることがある
黒く四角い物体がゴトッと転がり出てきた
ロードバイク用のライトである
ライトの明るさは800ルーメン
スマホのバッテリー代わりにもなる
モバイルバッテリーはひとつあったが
予備としても使えるだろう
ちょっと重かったのはこいつだったか…
ま、準備不足よりはいいか
保安検査所は問題なく通り抜け
搭乗待合のフロアへ移動する
搭乗口には、それぞれ番号があり
番号と番号の間はとても離れている
なにしろ「動く歩道」もあるくらいなので
働く人も移動するだけで大変そうだ
さっきもらったチケットを頼りに
5番搭乗口へ
この後は、いよいよ飛行機に乗り込むわけだが
如何せん搭乗まで時間がある
飛行機の見える席について
スマホを取り出す
今夜、行きたい場所の下調べをしよう
あす、2日目の夜は、旅の目的のライブがある
できるなら、ゆっくり時間をとりたい
予定は空けておこう
監「さて、初日の今夜はどうしますか」
煩「お寿司とか海鮮食べたいかなぁ」
監「さっき金谷さんがリプくれてましたね」
金谷好益さんは管野さんの奥さんだ
素敵なまっすぐな歌声のミュージシャン
小樽のオススメのスポットを教えてくれた
煩「水族館は下手すると1日いるかもねぇ」
監「生き物大好きですからね、仕方ないね」
ああだこうだと逡巡していると
守「夜景みてみたいのぅ」
と、机から見下ろすように守護霊さんが呟く
確かに夜景のスポットはいくつかある
いや、降りなさいよ机から
守「夜景、見てみたい、のぅ」
再び、今度は少し語気強めに話に割り込む
煩「ぼく銭湯を巡りたいんですけど…」
守「ならば、どちらも廻ればよかろうて」
監「え~…じゃ、どちらも行きますか?」
守「楽しみじゃのう♪」
結局、机から降りず、長い机の上を
パタパタと走り回っている
疲れを知らない守護霊さんは
毎度、割と無茶苦茶なことを言ってくる
提案を採用してしまう自分もアレなのだが
この天真爛漫な魂との
「これまでの話」については
旅の出発までにまとめようと考えていた
だが、書き始めてはみたのだが
現状書き起こせているのは
幼少期の出会い、最序盤までである
なにしろ35年もの歳月を遡っているのだから
単純に書ききれる分量ではないのだ
彼女的には
「35年も放置していたのに
取り掛かり始めただけでも上々だ」
と、意外にもご満悦だった
書き上げたら迎えに行くとも常々言っている
正直、この人は前から守護霊だか
死神だかわからない立ち位置なのは確かだ
自分のことを精霊だとか妖精だとか
気まぐれに呼び方を好きにしろと言うのだが
オバケとか妖怪とか言うと怒るので
今は守護霊さんという呼び名に落ち着いている
いずれ書ききるとは思うが
気の長いライフワークになるだろうし
これはまた別の話である
搭乗、そして離陸へ
搭乗受付開始のアナウンスが流れる
まず、はじめに
小さいお子さん連れ
体の不自由な方が呼ばれる
優先グループとして搭乗受付するらしい
続いて機首側の一般グループ
私の席は一番後ろのほうだったので
そのまた後、最後グループだった
搭乗ゲートをくぐると
守護霊さんが青ざめているのに気づく
なにか呟いているので何事かと聞いてみれば
飛行機に乗るのは初めてらしい
守「大丈夫じゃ、大丈夫、大丈夫…」
監「飛行機が飛ぶ原理、説明しましょうか?」
守「いや、いい。構うな。間に合っておる」
自分の席は左翼の翼のやや後方だった
荷物を頭上のトランクスペースにしまう
椅子に深く腰かけシートベルトを締める
三列シートの真ん中、あまり自由は利かない
窓際には初老のおじ様
通路側はビジネスマン風中年男性
まぁ、、座っているだけだし
時間だって新千歳まで2時間かからない
ポーン
機内に機械音が鳴り響く
間もなく離陸である
搭乗機体は滑走路へ向けて
ゆるやかに移動し始める
小窓から、前を行く便が急加速し
轟音をあげながら離陸していく
守護霊さんはというと
足元で膝を抱えるようにして
手の指を組み合わせ
小さく祈るポーズをしている
絶妙に不安にさせてくれる
普段やり込められているので
この際、ちょっと意地悪を言ってみる
監「大丈夫ですよ、ほら、見てください
翼があんなに揺れてたわんでますよ
長い鉛筆を振った時みたいな感じですね」
神妙な顔は、ぎゅっと目をつむって答える
守「本当に怖いから…やめてほしい…です」
あ、素に戻ってる
本当にダメな時のやつだ
ふいに、グン!と急発進する
体が椅子に押し付けられ
ガタガタと路面の振動が伝わる
数秒もすると
機体が斜めになり空へ
下からの振動はなくなり
さらに加速のGがかかる
1分もしないうちに 窓の景色は
絶対に助からないだろう高度に達する
数分で雲の上
窓際に座るおじさん越しではあるが
夏の上空の景色 雲海と入道雲
ダイナミックな光景は素晴らしい
守護霊さんは上空で
一言も口をきいてくれなくなった
と言うか姿が見えない
転がり落ちたりしてないかな
まぁ、着いた頃には戻るだろう
出てきたら謝ろう
煩悩がスマホでネトフリにダウンロードした
ドラマだかアニメだかを見始めたので
私は頭を休めることにした
陸路 沿岸列車
17:00
上空から見える緑の大地には
何エーカーもある森林や畑が果てしなく広がる
初めて見る北海道の眺めに
少し興奮している自分がいた
17:15
本州から海を隔てた北海道へ降り立つ
金曜、夕方の空港
インバウントの旅行客で賑わう
日本の観光客と半々くらいだろうか
守「平気でしたね!全然!」
声のする方を見ると守護霊さんが
通過ゲートの上で仁王立ちしている
監「どこにいたんです?というか降りなさい」
守「平気でした!」
監「はいはい、良かったですね」
ゲートを通る時、鞄の上に乗り移ってきた
よく見ると膝が笑っている。小鹿のようだ
霊に膝があるのかと問われれば
ある霊もいるだろうし
ない霊もいるのだろう
そのへんは人と一緒である
霊なんているのかという
至極素朴で真っ当な疑念は
この際忘れていい
謝るタイミングを失ったが
いつもの調子だったので
膝のことは言わないで
放っておくことにした
小樽へは新千歳空港から北西方面へ
JRの鉄道で札幌を経由し向かう
この列車は、乗り換えなし
直で小樽まで行けるのは、なんとも嬉しい
車窓に午後の日が落ちてゆく
道中には路面の濡れた土地もあった
ここは恵庭の辺りだろうか
空港は曇りだったが
そんなに離れているのだろうか
今一つ、距離感がピンとこない。
遠い遠い南洋の海上では
巨大な台風が発生しかけている
電車の中にて、この後行く場所を
もう一度確認していく
すると、最初の予定地の銭湯が
金曜定休日だとわかる
監「営業日、再確認したらこれだもの…」
煩「行って定休日って知るよりはよくない?」
監「おや、さては反省していませんね?」
目当ての銭湯は小樽駅からほど近く
ひと風呂浴びてから宿へ向かうつもりだった
だが仕方がない、予定を変更して
まずは宿にチェックインしよう
下車予定の駅を小樽ではなく
一駅手前の南小樽にする
宿まではこちらの駅が若干近い
必然的に夕飯も考えないといけない
電車は進み
札幌市内へ入る
小樽までは真ん中ぐらいの位置
遠くに有名な電波塔が見える
名古屋の電波塔と形はほぼ一緒で
赤く塗装されたカラーリングは
色違いのキャラクターのようでもある
今回、札幌では下車しないが
再訪が叶うならば、HTB跡地や
かの有名な丘陵公園へ行ってみたくもある
その時は午前中の便で来訪しよう
狸小路で小形さんの路上も見られるだろうか
ゆっくり観光しようじゃないか
札幌駅では大勢の人たちが下車していく
北海道の各地へ向かうハブなのだろう
さながら、東京駅のようだと感じる
電車が札幌を出て
また、しばらく進み
住宅街から郊外へ
銭函という駅を通過すると
線路は海岸線沿いとなる
日没の織り成す淡いグラデーション
天空の雲がその広さを知らせる
美しい光景
洋上をゆっくりと走る大きな船
そういえば小樽へは、舞鶴や新潟から
定期便が出ていることを思い出す
あれはそれだろうか
旅の計画時に
船の旅も良さそうだと考えたが
移動だけで1日以上を費やしてしまうため
選考から外れたのだった
いつか時間ができたら
船旅もいいかもしれない
車窓に煌めくのは船だけではなかった
遠く、岬の上が瞬いている
あれは…あの光は…灯台?
ああ!そうだ
あれは小樽の灯台だ
迫る夜を背景に広がるのは目的地だった
小樽の街の光が、遠くに小さく煌めきはじめる
今回はここまで
ようこそ
小樽の旅路に
お付き合いいただき
ありがとうございます
今回から旅は始まりましたが
まだ小樽へ到着していません
気長に行きましょう
少しずつでも前進はします
また、ご一緒できたら嬉しいです
それでは
次回 第2章 夜景