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別府湯巡り紀行 弐


この物語は

2022年11月5日、6日に

別府ビーコンプラザ

フィルハーモニアホールにて行われた

即興演劇集団「ロクディムにわか」公演

劇場観覧に乗じて

にわか湯巡りをしまくった

ある男の記録である。


目次


序章 なにも知らないのはいつものこと

第1章 別府の洗礼

第2章 長い道のり

第3章 別府市民憲章

第4章 猫の目

第5章 爽やかな海に



第2章


長い道のり
~2湯目には入れない~

1日目 09:20~10:30


次の温泉は、歩いても3分とかからない場所。
おおよその見当をつけ、近くの公園へ。
ベンチに座り、次の温泉、また次の温泉…と
順繰りをどうしようか目星をつけていく。
ふと顔を上げると、そこが次の目的地であった。

海門寺温泉。公園脇の綺麗な施設だ。

玄関をくぐる。
施設はどことなく新しい様子。
床にしろ、受付にしろ真新しさを感じる。
ワックスのせいかな?



受付のおねぇさんが優しく
「いらっしゃいませ~」と告げる。


ここは券売機でなく


番台に直接支払いをするようだ。



よし、では支払いを…





支払いを…




あ、あれ…?



あるはずの物の、影、形がない。










「ウソ…だろ…?」














財布が、ない。







え?

なんで?
なんでないの?
落とし…た?

耐えうる許容量を超えた事態の連続に
頭から煙が出ていたのかもしれない。

受付のおねぇさんが心配して声をかけてくれた。

ここまでの道のりを説明する。

公園か?それとも温泉か?

「1度、戻ってみるといいわ」

おねぇさんの助言に冷静さを取り戻す。
玄関の下駄箱の横に荷物を置かせてもらう。

「さ、早く行って」
と、おねぇさん
ありがとう、と、ごめんなさい!

来た道を走って戻る。

途中の公園や歩道を見て回る。



だが、ない。



いや、さっき使ったよね?
券売機で使った。
肩かけのバックに入れ…て
あれ、ズボンのポケットだった?
20分も経ってないよね?


え、どこ?
置き忘れた?



ん?脱衣所か?
え、男湯?女湯?




もうわけが分からないよ。。。





高等温泉の玄関
急ぎつつも、そっと戸を開ける。
番台にはおとうちゃんと、今度は
おかみさんもいた。
「さっき、お風呂…入った者ですが」

息をきらしながら番台に伝えるのも
本日、2度目である。

「財布を、置き忘れたかもしれません」
「大変!早く探して!」
状況を瞬時に理解し
血相を変えて言ってくれたのは
おかみさんでした。


「ぬる湯」の男湯脱衣所を探す。



だが、ない。



番台に戻る。
おかみさんに説明する。
「すみません、あのぉ…先に入ったのは… 案内されたのは…女湯の方でして…」
おかみさんの顔に疑問符が3つくらい見える。
何を言い出すの…と訳が分からなかったろう。
しかし私の姿から察してくれた様子。優しい。

「ぬる湯」女湯へおかみさんが
急ぎ足で探しに入ってくれた。

「待ってて!人いるから来ちゃダメよ!」
「はい!スミマセン!」

バタバタと音がした暫くのち、声がする。

「ないわよー!」

膝から崩れ落ちかける。
いや、まだだ。。諦めてたまるか。
もう一度、道を探すことに決める。


ひょっとしたら、どこかで、もしかして
ポトリと落としたのかもしれない。


おかみさん、おとうちゃんにお礼を言い
その場を離れる。もとの道を歩く。
ものの数分で海門寺温泉にたどり着く。

だがやはり、財布はない。

海門寺温泉の玄関

「別府に着いたばかりなのに…」

荷物をさらって探すが、ない。

「2時間も経っていないのに…」

わずか1時間半ほどの出来事である。

「こんなのってないよぉ…!」



「駅前に交番があるから行ってみて」

と、おねぇさんが教えてくれた。優しい。

今考えれば玄関先で泣かれたら

迷惑千万だろう。

早々に引き取りを願っていたのかもしれない。

荷物をまとめて、再び礼を言い、交番へ向かう。

三度、高等温泉へ立ち寄る。
おとうちゃんに伝える。
「見つからないので…交番へ行ってみます」
心配そうな顔をしてくれた。
朝っぱらから本当にごめんなさい。
おかみさんの姿はなかった。

駅の東口まで戻ってきたのは、09:55頃。

銅像のある広場から見て南側に駐在所はあった。

扉を開けようとする。開かない。
扉には無情にも「パトロール中」の文字。


編集してて気が付いた
電話すればよかったんじゃないの…?


気持ちとは余所に、青空がやたらと綺麗だった。
荷物を傍らに置き、花壇の縁に座り込む。


パトカー戻るまで待とう…


けどまぁ、なす術はないです。

状況を整理しよう。

そうだ、なるべく
ポジティブに考えるんだ。

まず、財布がない状況は置いといて
東海地方まで帰れるかだ。

別府と小倉間の交通費。
これは交通ICに必要分は入れてある。
2日後、11月7日の夜行バスに乗れれば
とりあえず名古屋までは帰れる。
帰路には問題ない。よし。

寝床はどうか。
宿泊施設へは、さっき支払いをした。
2日間の宿は確保できてる。

よし。

滞在中の食費は?
スマホの決済からコンビニでどうにか。

よし。






…んで?

2湯目以降の温泉は?




(別府の入湯施設は現金払いが多いよ!
 共同浴場やジモ泉なんかは
 お賽銭であったり、券売機などが主だから
 100円硬貨を沢山準備しておくと便利だよ!)





あー…無理…。


無理だよなぁ…。



現金、ないから…。







いや…

そんなことよりもだ



最も重要なことを忘れていないか。






今回の旅の、最大の目的は?








…あ。






気づいてしまった

なにが「よし」だ。

ロクディム、2DAYSチケットは?


あぁ、そうだね…

財布だ…。

財布だよ…。

財布の中だよ…。

チケットは…財布の中だよ…!


瞬間!チケットを入手した日の
あまりに浮き足立ったtweet(恥)が甦る!
https://twitter.com/hagupapa/status/1586333126912921600?t=hmJ5NKLKFz8eYB-8VrWnPA&s=19 

ポジティブが頭を抱えて崩れ去る。
「んぐぐっふっ…」
街角の交番前で捻り潰された声がでる。



唯一の希望。

願わくは拾ってくれた
どこかの心清らかな善人が
警察へ届けてくれていること。。

だが、チケットが手元にないと認識してから
思考はどんどん悪い方へと加速した。

紛失届け出さないと…
けど悪用されていたら。
あ。所持金も全部失くなったのかなぁ。
カードの不正利用、身分証偽造、高額請求…
チケットないとやっぱり公演は観られないかな…
一体、何のために、海を渡ってきたのかなぁ…
自己の存在意義とは…
ぼくなんぞ
水に溶け去るワタアメのように
消えてなくなればいいんだ…

あー…








わああ!早く助けてェ!


ポリスメェン!限界だよォ!





わりと放心のまま時は流れ。

20分後。


1台のパトカーが到着する。
若い警官と、上長らしき警官。
2人から
「どうされました」
と聞かれる前に
「すみませェん…おさいふをなくしました…」
泣きそうな情けない声で助けを求める。




交番に入りつつ状況説明。
財布の形状、失くしたタイミング
めぼしい場所など答える。

奥の方で若手の警官が
PCで検索をかけている。
上長が若手の後ろに立ち2、3度うなずく。
そして顔をこちらに向け、歩み寄る



「おそらく、ほぼ間違いないと思いますがー
別府署の方にそれらしい届けがありますね」










神よ…!










「べっぷしょはっ、、どこですかッ?」










駅を西に抜け、5分ほどゆるい上り坂を歩くと左手にそれはあった。別府警察署である。



観光初日に行かない場所No.1

財布を届けてくれたのは地元の人かな。
聞けば分かるだろうか。
お礼をせねば。

受付窓口で事情を説明。
間もなく、眼鏡をかけた愛想のよい警官が
保管用の茶封筒を持って表れる。

封筒から出てきたのは、お財布でした。
「一応。お名前、生年月日とお住まいを…」
財布を返却前の最終確認。

回答。

正解。

本人ですね。

まぁ、そうですよね。

「遠くから来て…さっき着いたんです…」
中身を確認した書類を見せてもらう。

あぁ、なんかもう。

いろいろ入ってるぅ。。

恥ずかしいやら。情けないやら。


大切なことを聞いてみる。
「届けてくれた方は?…どこで拾われたとか?」
お礼をしたい旨と合わせて伝えたところ、警官は
「詳しい拾った状況は知らないのですが」
と前置きした上で、
「義務ではないけど、一般的な範疇で
 お礼はしたほうがよいでしょうね…」と、
お相手の名前と連絡先のメモを手渡してくれた。

にこやかに明るい調子で続ける。
「これから観光ですか?」
「はい…」
(私、観光続けてもいいんでしょうか?)
人を困らせる言葉は飲みこんだ。

警官は終始、微笑みを絶やさずに
「別府は良いところです。どうぞお気をつけて」
いい人しかおらんのかここには。優しい。
「アッ、ハイ。。どうも…お手数おかけしました」
深々おじぎをして、外へ。

早速、もらった連絡先へ電話をかける。
しかし、留守電になってしまった。
お財布を届けて頂いたお礼をしたい旨と
ご都合の良い時に、ご連絡下さい。と
短く伝えて通話を切る。

財布をしまいつつ、思ったこと。

どこのどなたか存じませんが
届けてくれなければ
私の旅は、ここで終わってました。
感謝以外の何ができましょう。

天を仰ぐ。

深く、息を吐く。

時刻は10:30


長い。

長い道のりだ。

2湯目には入れない。










つづく









第3章 別府市民憲章
~お昼休みは温泉も一緒~

御期待下さい


  • 6-dim 

 https://6dim.com/ 


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