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鯖がぐうと鳴いた 長編ver #6/6

最終章 鯖がぐうと鳴いた

     一

 吉祥寺の駅近にある喫茶店で待ち合わせた。
 いらっしゃいませと出迎えたウェイトレスに、待ち合わせと断りをいれ、ホールの中程に立って店内を見渡す。そこにまだ鎌田氏の姿はなく、後からもう一人きますと窓辺のソファーに席を取った。
 選ぶでもなくメニューを眺めてアイスコーヒーを注文する。それから五分程たって、
「まったー」
 と、陽気に語尾をあげながら、鎌田氏も現れた。
「いやあ、今日も暑いね」
 脇下が汗に濡れた、黒地に金ラメの入ったペイズリー柄のシャツをつまんで、胸元に冷気を入れている。
「いや、おれもさっき来たところだよ」
 私は脇に置いた草色の肩掛けカバンから、まっさらな大学ノートを取り出した。
「どう、慶太は元気そうにしてた?」
 鎌田氏が訊いた。私はノートをテーブルに広げ、
「なんていったらいいんだろう。相っ変わらず、むかつく奴だったかな」
 と、その言葉とは裏腹に、優しい声音でつぶやいてみせた。
「そっか、そりゃ良かった」
 鎌田氏が嬉しそうな笑みをこちらに投げる。
 私は大学ノートの罫線を見つめながら、あの鯖釣りの午後を思い出していた。フロントガラスに陽が射し込んで、慶太の腕に張りついた鱗が、きらきらと輝いていた。
「あいつ、カラっと抜けちゃってた。実は、ちょっと心配してたんだよ。そしたらおれの方がよっぽどウジウジしてて、馬鹿みたいだった」
「どう、話してみれば悪い奴じゃねえだろ」
 私は黙って頷いた。

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