03:劇場と日常
演劇性/虚構と予定不調和
芸大には美術学部と音楽学部があり、公道をはさんで向かい合っている。大学3年のある日、音楽学部の声楽科の学生がオペラの舞台美術を作ってくれる人を探しているという話を聞いた。この話にすぐに飛びつき、やはり学生である演出家と、小道具や広報美術を担当する油絵科の学生らと引き合わされた。このオペラ公演は恒例で学内にある1100名収容の劇場「奏楽堂」にて行われる。声楽科の学生にとっては、初めての大舞台。なかにはこの機会でスカウトされミュージカルやオペラのプロへの道のきっかけになることもあるというのだから、大事な公演だ。演目はモーツァルトの「魔笛」。冷静に見るとコミカルな物語だが、夜の女王やパパゲーノのアリアなどの有名すぎる見せ場が随所に散りばめられている。
オペラは大きく第一幕と第二幕に分かれていて、それに合わせ大道具も第一幕と第二幕を対照的なものにした。第一幕は反物の赤いガーゼを縫い合わせた巨大な布を舞台一面に敷き、場面に合わせて棒で突き上げたりバトンで吊り上げたりすることで象徴的な場面を演出した。第二幕はキャスターのついた階段状の木製の車を2台作り、中にそれぞれ2名ずつの裏方が入って舞台上を動きながら配置関係で場面を作り上げた。中の裏方は外の様子はほとんど見えないため、舞台上にテープでレールを描いておき、それをたよりに動きをコントロールした。搬入から本番、搬出まで大騒ぎ。舞台のプロのスタッフに怒鳴られながら、ちょっとしたハプニングは随所にあったもののなんとか盛況のうちに終えることができた。
これ以来、ぼくは舞台美術の世界にのめり込んでしまった。多くの舞台を見に行き、芸大でも教鞭をとっていた著名な舞台美術家の先生のところにも相談に行ったりした。邦楽科の学生からも日本舞踊をベースにした舞台の舞台美術を頼まれ、嬉々として制作した。舞台美術の面白さは、その虚構性。実際にはそうでないもの、偽物でも、「見立て」や「暗黙のルール」によってリアリティのあるものに変転することがたまらなく面白かった。こういった側面は、たとえば「茶室」や「寺社」など、劇場以外の建築空間のなかにも潜んでいるものだが、ともすれば現実的な要件や制約に縛られてしまう建築にはない魅力があるように思えた。
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