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天牌別伝 五
五
最後に現れたのは、松本と柏木だった。
「待たせちまったかな。申し訳ない」
松本が、全員を見渡して言った。
「時間通りですよ」
瞬が言うと、松本は笑顔で応えた。
柏木と、目が合った。柏木が頷き、瞬も頷き返した。
今日の『天狗』は、貸切の予約を入れていた。集まったのは、瞬と北岡、三國と八角、鳴海と海輝、松本と柏木、そして菊多の九名だ。
挨拶が済むと、三國に促され、瞬はバッグから新満の遺影を取り出した。卓がよく見えるよう、壁の少し高いところに掛けた。
全員で、新満の遺影にむかって黙禱した。
(新満さん、俺の一年の成長を、見てください……。そしていつまでも、ここに集まった打ち手たちを天から見守っていてください……)
卓上に、伏せた九つの牌が用意された。東南西北と、マンズの一から五までが入っている。字牌を引いたものが卓に着き、半荘終了後、トップ者以外の三人は抜け、一から三を引いた三人が卓に入る。次の半荘もトップ者が残り、四萬と伍萬を引いた者と、新たに選出した者が入る。以降は数牌を引き直しつつ、夜まで交替しながら打っていく。この対局が、新満の一周忌の法要代わりだ。
二卓立てるようなことはしない。全員が全員の打牌を見たいと思っているし、二卓立てたら新満がどちらを見るか困るといけないからだ。
瞬が引いたのは、西だった。柏木が東、三國が南、北は菊多だ。四人が卓に着き、観戦の五人は、めいめい誰かの後ろに回った。
「わお。いきなり、強烈なメンツになったねえ」
卓に着いた顔ぶれを見て、北岡が言った。
「僕から見れば、みんなすごいですよ」
「おまえも負けとらんで、海輝」
仮親の柏木が、サイコロを振った。十一。起家は、瞬に決まった。
改めて、瞬は三人を見回した。
下家の菊多は生気のない顔だが、両目の奥に、闘志の炎を宿している。対面の柏木は、湖のように静かな気で満ちている。まっすぐ伸びた背すじが、黒沢を想起させた。三國は無表情のまま、全身に冷気を漂わせている。
「よろしくお願いします」
気息を整え、瞬はサイコロを振った。出目は五だ。瞬は自山から配牌を取り出した。
(さて、どんな牌が来てくれるのかな)
期待とともに、瞬は取り出した四枚の牌を開いた。
* * *
焼き台の中で、備長炭が煌々と燃えている。
松川は焼き網に手をかざし、左右の温度差を確かめた。
暖簾を出すと、松川はテレビの音量を絞り、スマートフォンを手に取った。開いたのは、仲邨ゆかからの写真付きメッセージだ。何度読み返したかわからないが、ふとした時につい見てしまう。
――アメリカで、また一から女優を目指すわ。
そう言って、ゆかは半年前に渡米した。いまは、ニューヨークで働きながら、レッスンを受けているようだ。
空港へは、松川も見送りに行った。帰る場所はいつでも用意しておくよ。松川が言うと、ゆかはありがとう、と言ってほほえんだ。
気持ちは伝えた。あとは、好きな女の夢を応援する。それでいい。
――引き戸が開き、初老の男が入ってきた。松川が促すと、男はカウンターの端に座った。
男が注文したのは、串を三本と、冷酒だった。『谷の誉』という富山の酒で、瞬のリクエストで入れた。知名度の低い銘柄だからか、あまり注文は入らないが、うまい酒だ。
グラスを出すと、男は愛しそうに酒を見つめ、それから口に運んだ。目を閉じて、何度か頷いている。よほど、酒が好きなのだろう。突き出しの小鉢に箸をつけ、男はまたひと口、酒を飲んだ。
改めて、松川は男の風体を観察した。
黒い野球帽に眼鏡。髪はぼさぼさで、口と顎のまわりは、少し白いものが混じった髭に覆われている。上着は少し色褪せ、薄汚れている。あまりきれいな身なりではないが、男の眼光には力があり、すっとのびた背すじからは貫禄が感じられる。以前会ったことがあるような気がするが、思い出せなかった。
ねぎまが焼けた。松川は、男にねぎまを乗せた皿を出した。
「マスター、うまいねえ。俺もあちこちで焼き鳥を食ってきたが、これは格別だよ。なにか秘訣でも?」
ねぎまを頬張りながら、男が言った。
「ありがとうございます。工夫もいろいろしてますが、肝心なのは、一本一本、魂をこめて焼くことでしょうか」
「魂か……。職人だね」
「ほかに取り柄がないもので」
職人か。松川は、心の中で呟いた。目の前に座る男にも、どこか職人を思わせる雰囲気がある。
続いて、松川は少しレアに焼いた鶏レバーにハツを添えた皿と、小皿を出した。
「ごま油をつけて、お召し上がりください」
男が、レバーに小皿のごま油をつけて食べた。
「……これまた絶品だ。レバー特有のもそもそした食感も、臭みもまったく感じられない。とろけるようだよ」
「津軽どりというブランド鶏で、餌に青森特産のリンゴを与えています。やわらかい肉質で、臭みがないのが特長なんです」
「なるほど。いやあ、うまい」
最後につくねを食べ、酒を飲み干すと、男は腰を上げた。
「もっと飲みたいんだが、病み上がりでね」
「無理せず、またいつでもいらしてください」
「ああ、また来るよ。俺の人生、まだツモ番は残ってるようだし」
暖簾をくぐり、男は出ていった。
「ありがとうございました……あっ!」
ようやく松川は、男が何者かを思い出した。慌てて店の外に出たが、すでに男の姿は雑踏の中に消えていた。
瞬に連絡を取ろうかと考えたが、すぐにその思考を打ち消した。
そんなことをせずとも、すぐれた打ち手同士は惹かれ合い、いつか必ずめぐり逢う。きっと、そういうものだ。
松川は、店内に戻ってカウンターを片付けた。
洗い物が済むと、松川はテレビに目をやった。ニュースが流れている。『日本人脱北者』というテロップが気になり、リモコンを手に音量を上げた。
引き戸が開き、二人組の男性客が入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
松川は二人におしぼりを出し、注文を訊いた。
ジョッキに生ビールを注いでいると、アナウンサーの声が耳に入ってきた。串焼きの段取りを考えながら、松川は漠然とニュースを聞いた。
「――在中国日本大使館に駆けこんだ男性は、『ナルミアキラ』と名乗っており――」
天牌別伝 完
おわりに
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
一読者の、一ファンの妄想と、最後に願望を書きました。
きっと皆様も、『天牌』の今後の展開をあれこれ考えたことと思います。もしよろしければ、皆様の考えた新満決戦の結果や、その後のストーリーをお聞かせください。
『天牌』の連載再開を願いつつ、僕はこれからも物語を書き、麻雀を打ち続けます。
牌に魂をこめて――。
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