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【掌編小説】色々あるけど結局ネト麻を打つ男

 ディズニーランドよりも雀荘に行きたい。
 俺がそう言うと、杏子は泣き出した。

 杏子とは、まともなデートはほとんどしたことがない。せいぜい、都内で買い物して、ついでに飲むくらいだ。
 休日は大抵、部屋で杏子が作った料理を食べたあと体を重ね、二人で眠っている。起きてまた杏子を抱き、気がむけば買い物に付き合う、そんなところだ。

 不意に情欲が湧いてきて、俺は杏子を抱き寄せた。
 キスしようと顔を近づけたところで、突き飛ばされた。

「もうヤダ! 別れる!」

 床に置いたバッグを拾い上げると、杏子は涙も拭わず部屋を出ていった。
 俺のものは勃起しかけていたが、杏子の残り香が消えるとともに萎えた。

 俺は煙草に火をつけた。煙を一度大きく吸いこみ、吐き出す。
 しばらく、たちのぼる紫煙を見つめていた。

 週に四日、俺は雀荘の裏メンバーとして働いている。休日は週一で、あとの二日は、派遣で資材搬入等の仕事をしている。派遣の仕事は、麻雀の調子が悪い時の保険だ。それで、家賃と光熱費くらいはなんとかなる。

 考えてみれば、三十歳を過ぎても定職に就かない男に彼女がいること自体、奇跡のようなものだ。

 俺はスマホを手に取った。
 謝罪のメッセージを送ろう。思ったのは一瞬で、結局送らなかった。よりを戻したところで、きっとまた同じことのくり返しだろう。

 変わるつもりはない。拘りなどではなく、たんに面倒なだけだ。麻雀以外のことは、なるべくやりたくない。

 ——次は、麻雀をやらない男を選んでくれよ。

 煙草を消すと、俺はネット麻雀のアプリを開き、段位戦を予約した。






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ヤマサンブラック
ありがとうございます! 雀荘のゲーム代にします!