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遺産を相続しない、という生き方
もうずいぶん前のことですが、父が他界した際、わたしは遺産の相続を放棄しています。(私の過去記事をまとめている別の noteアカウントに、これについての記事があります)
借金等の負の遺産から逃れるために相続放棄をする人もいると聞きますが、私の場合はそうではなく、父の遺産がありました。なので、厳密にいうと、相続放棄というよりも、「相続分の放棄」(遺産分割協議書に「相続分なし」と記載する)に該当します。
私は日本を出て以来(なんならその前から)、実家のことをほとんど顧みなかったし、姉ふたり、とくに一番上の姉は、年老いた両親の面倒を一手に引き受けてくれていたので、私が相続分を放棄するのは当然のことであろうと思っていました。
私は何もいらないよ、と両親にも上の姉にも、かなり前から伝えてあったので、父が他界した際は、とくに争うこともなく相続手続きは完了しました。
が、ひとつ私が知らなかったことがありました。
それは、実は父は、かなりの額の遺産を残していた、という事です。そして、姉たちは、それを私にひた隠しにしていました。
遺産額を私に隠していた姉達
隠していた、というと人聞きが悪いですが、遺産の話がでるたびに、姉ふたりは話をそらし、何がいくらあったかをうやむやにしていました。
私は早い段階から相続は辞退しようと決めていたので、私自身あえて詳しく聞かなかった、というのもありますが、いま思うと、父が入退院を繰り返すようになった頃から伏線を貼られていた気がします。
姉ふたりから、「お父さんは公務員だったし(自衛官でした)、そもそも3姉妹で分けるほどの遺産なんてないのよぉ」、「あなたは独身で子供もいないから、そんなにお金かからないでしょ」と、事あるごとにしつこく言われ、当時の私はそれもそうだと思っていました。
とくに、「お母さんだってこの先、どうなるか分からないし、寝たきりになったりしたらお金いるのよ」と、母のことをだされると、私はそれ以上なにも言えなかったです。
父にどんな遺産があったのかを私が知ったのは、遺産分割協議書にサインした時です。ちなみに遺産の分配は、私を含めた家族全員で同意したとおり、
母は父の預貯金全額を相続(といっても、母の銀行口座は、上の姉が管理しているので、実質上、この姉が使うと思われ)、
そして、上の姉は実家の家と土地を相続、
地方に嫁いだ下の姉は、父が所有していた債券を相続。
ただこの時も、それぞれいくらあるのか額は知らず、姉たちに問いただすこともしませんでした。
遺産額について私が知ったのは、2年前(2022年)、私が客員教授として日本に短期滞在した際です。すでに空き家となった実家に、ひと月ほど滞在させてもらっていたのですが、郵便物やDMのなかに不動産広告があり、近隣の戸建て物件の料金が示されていました。
それらの物件の価格が、軒並み軽く1億円超。
うちの実家よりも狭く、駅からの距離もずっと遠い物件でそれです。
でも、これについては、そんなもんだろうな、と思っただけでした。この家は、私の幼少時には、家族7人(両親、祖父、叔母、私たち三人姉妹)が住んでいた広さの家です。私が高校生の頃(バブル期)ですでに、土地価格が爆上がりした、とも聞いていました。それに加え、今では主要電鉄の特急の停車駅となった駅から徒歩7分。価格はさらに上がっています。
不動産は売らないことには遺産分割できないし、母が存命してる間にそれはしてほしくないし、そもそも、上の姉が両親のために費やした時間と労力はこれを相続するに余りある、とすら思いました。
ですが、私はここで、下の姉は結局いくら相続したのだろう、と興味本位で調べてしまいました。
実は父は、日本の金利がまだ高かった頃から、某インフラ企業の社債を購入していたらしく、かなりの口数を所有しており(私は、これを遺産分割協議書ではじめて知りました)、現時点での元本+利子の合計は、ざっくり見積もって8千万円。
さすがに目を疑いました。
金融資産なら分割するのは比較的たやすいにも関わらず、相続時、姉は法廷相続分はおろか私の遺留分についても言及することを避けていました。(遺留分について知らないかたは、事前に調べておくことをお勧めします)
下の姉については以前も書いたので、ここでは割愛しますが、なんというか、あの人は一体どこまで守銭奴なのか。怖いのは、彼女はそういうふうには全く見えない点です。常に「いい人、優しい人」としてふるまっています。本当に、ひとは見た目で判断しちゃいけませんね。
それでもやっぱり相続放棄して良かったと思う
とはいえ、相続分の放棄については、最終的には(遺産の額を知らなかったとはいえ)私自身が決めたことなので、文句をいえる立場ではありません。
でも正直なところ、釈然としない思いがしばらく続きました。なんだか姉二人に騙されたような被害妄想にちかい感情でした。そんな大金の遺産があったなら、せめて遺留分だけでももらえていれば、いま住むデンマークの自宅のローン返済もだいぶラクになるのに、とか、エラい具体的に悔しがっていた時もあります。
ちょっと脱線しますが、父が他界した時点では、私はまだイギリスに住んでおり、当時の自宅のローンはすでに自力で完済していたこともあり、生活面ではけっこう余裕があったので、遺産はあなた達で分けてー、と軽く言えたのだと思います。
それはさておき、あれからしばらく経ち、今やっと、あれでよかったのだと思えるようになりました。
というのも、
・そもそも、相続分を放棄すると決めたのは私自身である、
・少なくとも、今はお金に困っていない、
・私は物価の高い外国で独り暮らしをしているとはいえ、子供がいる姉達に比べると、生活において諸費用が少ないのも事実である(たぶん)、
・「親の面倒はみなかったのに遺産だけもらって」とか、後々いわれたくない。
遺産なんて大してないだろうと思っていたから放棄したものの、実はかなりの額があったので悔しがる、というのも、よく考えたらおかしな話です。
大金だろうが少額だろうが、放棄した結果に変わりはないからです。
そして、姉(とくに下の姉)の相続額を妬むということは、それは、私自身の金銭欲と貪欲さの表れでもあります。
あと、ネットで見かけたんですが、「親の遺産は、めんどうをみてくれていたきょうだいに譲った」とか、「そもそも親の遺産なんてなかった」とか、あっさり書いている方々も結構いて、皆さん達観しているなぁ、と感心したものです。
両親には、純粋に感謝しかない
そして、これが結論なのですが、相続しなくて良かったと思えるのは、何よりも、親の思い出、親への気持ちが純化される、という点です。
母はまだ存命ですが(寝たきりですが)、いずれ母が亡くなった場合も、私は相続分を放棄するつもりです。
金銭的なものは何も相続しなかったし、今後も受け取らないけれど、それ以外に、生まれた時から今まで、両親から受け取ったものは計り知れません。
なによりも、自立して自分で働いて海外で生計をたて、こういう生き方ができるように育ててくれたことに改めて感謝しています。
打算のない愛情を持ち続けられる対象、そういう人を人生において持つことは大切です。私にとってはそれが両親だったわけですが、長い軋轢や紆余曲折をへて、いまやっとそれを見いだせたことを嬉しく思っています。