これさえあれば
今、私たちに一番の試練が押し寄せている。
何度も無理だと押しつぶされそうになるけれど、
そのたびに優しく光る薬指がそっと力をくれる。
大丈夫。うちらなら、絶対やれるよって。
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ファッションショーまで、残り2週間。
人類学のエッセンスを、最大限ファッションに
落とし込んだブランドをお披露目する。
誰もが、着るだけで他者の存在を意識できる服があれば、この世界はもっと温かくなるのだということを、証明するために。
けれど、このままでは絶対に間に合わない。
最近は、ショーのモデルが行方不明になる夢や、
飛行機が墜落する夢ばかり見ている気がするし、
不安になって何度も恋人の前でワンワン泣いた。
「疲れちゃうよね。わかるよ。不安になるよね」
いつだって全力で肯定してくれる君の優しさに、どれほど救われたことでしょうか。
そんな恋人に、ショーのBGM制作をお願いした。
初めて作ったドレスの舞台は、ずっと側にいてくれた君の音楽がぴったりだと思って。
「ちょうどクラシック勉強したかったんだよね」
無理を言ってクラシック風の音楽をお願いした。
たとえ嘘だとしても、君らしいその心配りに、
私は何度もときめいてしまう。
昨日、どうしてもお守りが欲しくて、ペアリングを作った。
しばらく会えない間、少しでも君を近くで感じていたかったの。
恋人の手で、一つ一つ丁寧に刻まれた繊細な模様は、まるで優しさの結晶みたいで。
指輪に触れるたびに、君の優しさ溢れる言葉が、ゆっくりと、ひとつひとつ再生される。
「ゆきの頑張る期間、一緒に頑張れて嬉しいよ」
あぁ、明日からは、もっと心に余裕のない日々が押し寄せて来るのだろう。
だけどこれさえあれば。君が隣にいるのだから。
私の作る服と君の音楽が、溶け合う瞬間を夢見て。