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「閃光のハサウェイ」~テロは社会を変え得るか

「閃光のハサウェイ」を先日観てきた。
もちろんBDも買った。
近年稀にみる傑作と言っていいだろう。

ガンダムで描かれる宇宙世紀では、冒頭に「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、すでに半世紀が過ぎていた」というナレーションが入る。
この少子化の時代に何を言ってるんだろう?と違和感を覚えてしまったことはないだろうか。
70年代ならともかく21世紀になってしまった今では、未来予測に失敗してしまった世界観だと思う人も多いのではないか。


ところが、そうでもないのだ。
例えば、地球を先進国、宇宙移民を発展途上国に置き換えてみる。
あるいは、東京を中心とした「首都圏」が地球、スペースコロニーをそれ以外の「地方」と読み替えてみてもいい。
宇宙世紀におけるこうした対立構造が、現代的な地域間経済格差のメタファーであると気付くであろう。


個人的な話になってしまうが、私自身も札幌に家族を置いて本州に出稼ぎに出ている身である。地方と大都市との収入格差、資産格差は身をもって感じている。
誰だって家族と一緒に生活できればそれに越したことはない。しかし家のローンや子供の進学費用を考えると、共働きであってさえ出稼ぎを選択せざるを得ないのが、この国の現状なのだ。

なぜこうした格差が生まれてしまうのか。
最低賃金を上げればいい、とかいう単純な問題ではない。

人、モノ、金がグローバルに展開し、自由に流通する時代である。
工業製品の場合、同じ規格なら北海道の工場で作るのと、東南アジアの工場で作るのに大きな品質の差がある訳ではない。

だとすると、当然ながらコストが安く納期が短い方を選ぶ形になってしまう。
コスト以上の付加価値があることを示すことができなければ、こうした競争に勝つことはできない。
物理法則にも似たシビアな経済原理がそこに横たわっており、物流はそれこそ大河の流れのようで、押し留めることはほとんど不可能だ。
雇用者側の収入格差は、その結果にすぎない。


「閃光のハサウェイ」という物語は、反政府活動や経済格差問題、権力構造の腐敗等をモチーフとしている。
これは実に根が深い問題だ。
そして本質的にジレンマを抱えた問題でもある。

現実世界では、開発の遅れた発展途上国ほどこうした問題は深刻であり、希少資源の争奪戦や民族対立イデオロギー宗教問題も深く関わっているからだ。
労働者から搾取した莫大な資産を貯めこむ富裕層を叩けばいいという問題でもない。
資産家が開発投資しなければ、現代の文明社会を維持することができないことは分かりきっている。


その一方で、アラブ諸国の富裕層タリバンを経済的に支援したり、シーシェパードのような環境テロリストを欧米の資産家が支援したりと、紛争を起こさせることで利益を得ようという謀略も見逃せない。
ハマスによるイスラエル攻撃も、背景には原油価格を吊り上げたい勢力が支援しているのではないかと私は疑っている。

現実世界はことほど左様に利害関係が複雑に絡み合っていて、ニュータイプという人類の革新を掲げた思想だけで紛争を解決できるほど甘くはないのだ。


劇中でハサウェイがタクシーの運転手と会話するシーンがある。
マフティーは千年先の地球のことを考えて、行動しているのではないかと」
「千年先だってぇ?暇なんだねぇ。俺らのような庶民は、明後日の生活を考えるだけで必死だよ」
運転手は一笑に付す。

このやりとりのなかで、重要な情報がいくつかある。
お偉いさんから居住許可証をもらうために、付け届けをしているという話に触れている点だ。
つまりこの運転手のような庶民が地球で生活し稼ぐために、税金以外の不正な支出を強いられているという現状。そして、それが裏金として地球連邦政府高官の懐を温めているのではないかという疑惑だ。


ハサウェイは暗い部屋で独り呟く。
例外事項がある限り、人は不正を求めてしまう」
いかにも青臭いというか、生真面目で融通が利かないというか、恵まれた生活してきたお坊ちゃん育ちの人だなーとしか思えない。


利権構造というものは業界団体とこれを統括する規制官庁との間で、政治家を挟んで利害調整を行うプロセスでできあがってくるものだ。
法律を作るのは、実際には役人だ。
その役人がOBとして業界団体に天下りするのだから、違法になりようがない。
裏金もそうした仕組みのなかで作られ、議会対策メディア対策などに使われるのだろう。

これは確かに問題ではあるし、不透明な業界慣行は批難されても仕方ない。
だが、こうした仕組みを全部撤廃してしまい、すべてを透明化しオープンにしてしまうとどうなるか。現実には資金力マンパワーがあり、コスト競争力に優る大企業がすべてを独占してしまう。
結果的に格差は拡大する方向に進む。プロ野球でドラフト会議がなぜできたか考えてみるといい。


ハサウェイが言うように地球連邦軍上層部が腐敗していることは確かであろう。
貧富の格差や地球・宇宙住民との間の確執もいまだに解決されていないというのが、宇宙世紀の現実なのだろう。

けど、ケネス・スレッグという有能な叩き上げの軍人が、出世できる程度には実力主義な組織でもある。何のコネもない平民出身であってもだ。
それでいて、前任者であるキンバリーとの確執や刑事警察機構との対立など軋轢があることもきちんと描かれている。
決して一枚岩の組織ではなく、熾烈な縄張り争い権力闘争があることを窺わせる。


こうした政治体制では、要人暗殺という手段では体制の変革は難しい。
ハサウェイも薄々気付いているように、代わりはいくらでもいるからだ。

かといって武力抗争は巻き込まれた民衆の恨みを買う。雇用生活を破壊されてまで、変革を願うような人は少数派だろう。
おまけに戦後処理には、恐ろしく手間と労力と費用がかかる。法秩序の再構築と統治がうまくいくとは限らない。

格差問題を解消するような社会構造の変革は簡単な話ではないし、どうしたって痛みを伴うものなのだ。そして犠牲になるのは、いつも弱い立場の人たちである。
そうした悲惨な現状に直面してしまう彼らの屍を踏み越えてまで、その先に進むだけの覚悟があるかということなのだ。

これは実に重い決断だ。
知らなかったでは済まされない。
劇中ではこうした感情が台詞で語られることはない。
次回作以降もこうしたジレンマが、ボディブローのように効いてくるだろう。


「世の中間違ってる」
そう叫んで、気に食わない政治家連中を名指しで叩きまくるのは簡単だ。
さぞや気分が晴れることだろう。
だが、忘れてはいけない。
こうした自由な発言が許される国というのが、世界では割と少数派だということを。

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