短編小説『命降る白服』
命降る白服
サン・エステル号は嵐に飲まれて遥か宙天に舞い上がった。遠くには真っ赤な森が見え、近くにはさっきまで焼いていたソーセージと白いコック帽が舞っている。その異様な景色をはっきりと覚えている。
「ト、アスリコリャタンドル」
「メルテ、ィカタンエ」
聞いたことがない言語に目を覚ますと、周りの木々は白く凍りつき、見慣れぬ者達に囲まれていた。背は低く耳は狼のようで、全身が真っ白な毛に覆われている。
彼らは人間ではなかった。
「アラム・トラム・ジ・パンパ―」
彼らは三回唱えて、深々と地面に手をついて礼をした。意味は全く分からないが、崇められているようだ。私は何本もの白い腕に招かれ洞窟で焚火を囲むことになった。
しばらく会話を続けると「YES・NO」くらいの言葉は理解できるようになった。彼らはこの地で長い間暮らしてしているようだ。
僕も早く仲間の元に帰らなくては。
「赤い森に行きたいんだ。」
胸ポケットに入っていたスカーフで色を示して見せると、彼らは曇った顔をして外の森を指さした。
空から見たときには真っ赤だったのに。思考を巡らせていると隣の部屋から低い呻き声が聞こえた。 部屋は赤い葉っぱに埋まった沢山の子供たちが眠っていた。そのうちの一人を皆で供養をしている。
赤い部屋に白い者たちが肩を寄せて鳴いていた。
その様子を長い間眺めていた。
「綺麗でしょ」
ぼうとした頭の中に耳なじみのある言語が飛び込んできた。
「私は貴方の言葉がわかる」
焚火に照らされた白いまつ毛に、呼吸を止められた。カタコトの拙い言葉だがそれが胸を掴んで離さない。
少女はポツポツと語ってくれた。
毎年、街の施設から獣に変えられた子供たちがこの地に放たれる。そのほとんどが寒さに耐えられず命を落とすらしい。生き残った子供たちは白い服を着た作業員に連れられていかれる。その姿が私に似ていたとか。
「赤い森は五日で終わっちゃうの」
納得した。僕が見たのは紅葉の最後の瞬間だったのだ。寂しそうに語る少女をなんとかしてやりたいと思った。
「木から出た水だよ」
コップを差し出す彼女の手はやせ細っている。彼女の方こそ飲むべきはずなのに。
しかと受け取り口に含むと、渋いだけでなく微かに甘い。ロクに物を食べてなかっただけに舌の感覚が研ぎ澄まされている。
コックの経験がここで生きるとは思ってもなかった。
「ちょっといいか」
残りの水を火にかけた。くつくつと煮えて水分が飛んでいくと、液体は琥珀色に輝きだした。スカーフを使ってろ過したそれを雪で冷やして少女に与える。
「甘い」
初めて少女は笑った。その姿に自分の使命を悟る。僕はこのために落ちてきたんだ。
「みんなも呼んでおいで」
少女の白い髪先がぴょんと跳ねた。
空から降って来た白い男が私たちに命を与えた事から。この琥珀色の液体を「命降る白服」「めいぷるしろっぷ」と私たちは呼んでいる。
絵と文字 前田隆成
はこ読み
語り手 宮本竜治
あとがき
年期のある喫茶店で一冊の図鑑本に出会った。
カナダの紅葉は10日くらいしか持たない。と最初に書かれていた本を開くと見事な紅葉と雪のコントラストの写真が広がっていた。雪解けの間際に見える一瞬の紅葉。世界中からカメラを持った観光客があるまるらしい。
10日って儚いなぁと考えていたけれど、日本の桜も満開から散るまでは10日も持たないじゃないか。1年のうちに10日。四季折々に草木に豊かさを感じていきたい。
メープルシロップの作り方も載っていたので、着想はそこです。
木に楔を刺して待っていれば樹液が滴る。それを煮詰めてできるのがメープルシロップ。カナダの極寒も紅葉も甘さも体験したいものだ。
前田隆成
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