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3月31日 俳優日記「繊細であり、図々しい奴である」

21:00 人からの対応に一喜一憂するのを止めたい。
LINEの文面を人よりも深読みしてしまう前田です。

この人は私のこと面倒と思ってるのか、舐めてるのか。文面だと中々伝わりにくい物はありますよね。そのために生まれたのが絵文字や「!」の便利なマークがあるんですよ。正確や性分なら良いのです。

でも前は違ったよねと思うと、逆に意図があって「、」と「。」だけを使ってあえて塩対応されてるんちゃうんか。人によって態度を変えるのとか人間やからあるのは分かりますが、あまりに露骨じゃない?
そんな細やかなトゲを友人に相談してみました。
答えは2つほど。

①は考えすぎ。
②はその通りやとしたら相手はかなり子供だよね。それに対してアナタも同じステージに降りて塩対応しだすと地獄よ。やからアナタからの対応は変わらずに接したほうがいい。

とのこと。友人は私にいつも柔らかなアドバイスを贈ってくれます。
気にしない。気にしないの精神を持てたらいいのですが、26年ほど自分と向き合ってきて、矯正は難しいものです。

そんな時に、演劇があってよかったなと本当に思います。舞台があって、見たい景色がある限りは、人と関わることに能動的になれます。

一人では完結できないからこそ、演劇は面白い芸術だなと思います。

先月のハコボレの公演「森のクジラに食べられた!」でも、
学生スタッフさんと一緒にスタッフワークを練る。
初めましてのキャストさんと一緒に稽古を進める。
コミュニケーション無しではできないことですので。

本番が終わって日常に戻る途端に思う向き不向き。
そして、じゃあココ(演劇)だけで生きていくだけの力があるのか?それはわかりません。演劇は仲間と共に進む物なので、作り続けた先でご縁があるだけや思います。私が生きていくためには、やっぱり舞台が必要で。まだ握りたいんだ。離したくないんだと。図々しく思います。

さて。ようやく表題の回収。
繊細と自分で言うのは嫌いです。「なんか、繊細やから許して」みたいな変わろうとしない奴みたいで。できれば普通の人間にはなりたいと同時に、普通のやつがどこにたどり着けるのさ、と肯定もしています。そんな図太さもありますよね。とどの詰まり一色じゃないんで苦しいですよね。日々お天気のように変わる人間。毎日同じ奴はいないし、アニメやドラマのような最初から最後までキャラクターが一貫したやつはリアルにはいない思います。どんなヤな人にも愛すべき面はあるし、逆もしかり。

人を外れ切ることもできなければ、正しきることもできない。それが嫌だ。
だから自分を殺して新しい自分を演じ切るしかないのかもしれません。
この場所でいる限り、素直すぎる自分は余りに脆い。

「天才を演じろ。さすれば天才になる」
この前に観た「ダリとガラ」の舞台のテーマだった。

振り切れる力が欲しいが、それは過去の過ちを呼ぶ。
振り切った結果はたくさんの人を千切ってきた。
諦めたら正しさを、勝ち切れば許される。
ぐるぐるとめぐる中で決めたこと。

天才になるのは才能じゃなくて覚悟だ。
ダリの言葉でもなく、生まれた言葉で。
これから大事にしようと思う言葉です。

俳優日記なんて恥ずかしい名前。
でも名乗らないと始まらない。

小さな覚悟を重ねて、この乱文が明日を変えることを願います。

21:49 前田隆成


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