小説『夢中夜』
夢虫夜(ゆめちゅや)
黒い海に体を覆われていると思っていた。
波にしてはサワサワと毛のような感触。
無数の蟻が体を這っていると分かった時には動けなかった。
蟻の波に口を塞がれた瞬間、ぶわっと目が覚めた。
同じ夢を七夜も超えたとき、家族が虫になった。
トノサマバッタの父は珈琲を片手に新聞を読む。ご飯を運ぶ母はミツバチで、遅れて起きてきた弟はカナブンだった。
私はまだ自分の姿がわからない。
視界の様子から複眼の昆虫である事はわかった。誰も何も喋らない。カシャカシャと音だけが響く。
「いってきます」
通学路を進むうちに前足が抜け落ちた。学校に着く頃には、私はナメクジになった。
生徒もみんなナメクジになっていて、先生だけはカタツムリだ。好きだったサトウ君はどれだかわからない。
授業中、何故だかみんな先生の殻を欲しがり、前触れもなくピタピタと群がりだした。
「ダメ。殻取ると死んじゃう」
そう叫びたかったけれど、口がうねうねして声が出ない。
一匹だけ椅子に座ったままのナメクジはサトウ君だと思った。
教室を二人で抜け出して、階段を這うように登る。寄り掛かって扉を開けると、屋上にはサナギが山のようになっていた。
私とサトウ君は頂上に登り体を重ね合わせた。やがて二人はサナギの山に溶けていった。
溶けていく中で私は人間の記憶を思い出す。
瓶に詰めた昆虫を一匹ずつ取り出して、右手の親指で丁寧に潰す。染み出た体液を筆に絡ませて白いキャンパスに蝶を描いていた。手が震えて力なく筆が落ちる。拾おうとしても掴めない。5本の指がナメクジになっていた。
ばっと目を覚ますと、そこは校舎の屋上だった。
月明りだけが差す中、青い蝶の群れが飛んでいく。
隣にサトウ君は居ない。
私は気がつけばフェンスを越えて飛び降りていた。
近づく地面はうごめき、蟻の海となっていた。ゆっくりと落ちていく私の元に、一匹の光る蝶がやってくる。
私の一万五千の目がサトウ君を映し出す。
その瞬間、背中から四枚の羽が生え、
やっと人間から蝶になれた。
絵と文字 前田隆成
はこ読み
上の文章に声がついています。
声 九九囲
あとがき
小説も書きたいとなってきました。
書くのはnoteに収まるくらいの短いお話。
去年の騒動の時にひっそり書いて、配信の企画して。
明日は『命降る白服』をという小説をアップします。
まだまだ、書き手と読み手を募集しています。
書いて、読んでを自分でやってみよう。
編集と絵も、勉強だなあ。
たまには昔の創作もあげます。
是非毎日更新を楽しみに。
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