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日記のようなもの⑤
月曜日 祭りのあと
前日まで祭りが行われていたせいで、いつもの通勤路には朝からゴミ拾いの人たちが何人も出ていた。
大きな帽子と、長いゴム手袋、長袖の作業着、みんな一様に首にタオルを巻いて、ほうきや火ばさみ、ちり取りを持っている。
暑い中、ご苦労様です。と心の中で唱えながら、できるだけ邪魔にならないように通り過ぎる。
出店が立ち並んでいた広場近くになると、散水車が止まっていて、まだ食べ物の焦げ臭い匂いが残る道をきれいに洗い流していた。
朝といっても日差しは強く、流れる水がキラキラと陽光を跳ね返していた。
ゴミ拾いをしていたおじさんが1人、道行く通勤者に「暑いから気をつけてね!」と声かけをしている。
そちらこそありがとう!気をつけてね!と心の中で拍手を送りながら、会釈をして通り過ぎる。
祭りのあとの寂しさ、月曜日の憂鬱まで一緒に洗い流してくれたような気がした。
火曜日 板尾さんに嫌われる
今日は、とても疲れた。職場を出た時には、もう肩も背中もかちかちで、ぺしょぺしょのくたくた。
大きなあくびが一つ出て、眠ーいと思いながら、あ〜、板尾さんに嫌われると思った。
板尾さんというのは、芸人の板尾創路さんのことだ。
昔、板尾日記か何かに、女の子が外で手も添えずにあくびをするのは、みっともなくて嫌いだみたいなことが書いてあったのを思い出したのだ。
でもね、板尾さん。
私は今、右手に日傘を差していて、左手には弁当やら水筒やら入ったサブバッグを持っていて、肩には通勤バッグをショルダーにして提げてるんです。そして何よりくたくたなんです。
添えられないよね、手。
そう思いながら、もう一つあくびが出る。もちろん、手は添えていない。
あーあ、板尾さんに嫌われる。
でも、どちらにしても私はいつも、知ってる人がいないとこでは手を添えたりしてないか。
水曜日 スケーターは雨を滑って
新婚旅行でグアムに行った時、初めてスコールというものを経験した。
グアムのマクドナルドで雨宿りをしながら、「10年後には、日本もスコール降るのが普通になってるらしいよ」と夫が言ったのをよく覚えている。
そして、この数年で本当にそうなってしまった。
家を出た時には、澄み渡るように晴れていたのに、バスに乗っている間にみるみるうちに雨雲が広がり、だーっと雨が降ってきた。
道行く人たちが次々と傘を差していく。女性は、ほとんどが晴雨兼用らしい日傘を広げて、男性も折りたたみ傘を広げたり、軒先に避難したりしていた。バスが着く頃には止むかなぁと見ていたら、1人の若い男の子がスケボーに乗って駆けて来た。
もちろん傘など持っていなくて、キャップとダボダボのTシャツとデニムで、颯爽と傘の波間を滑って行く。
大きなスニーカーで地面を蹴って、どこかへ向かっているのか。帰っているのか。
少しだけバスの先を行く彼の背中が、勇ましくて、思わず見入ってしまった。
何の準備も必要ない、先のことなんて考えてない。今、今、今!!
そんな風に勝手に気持ちを想像して、見えなくなるまで見ていたら、雨はいつの間にか止んでいた。
木曜日 柳
漢詩の本を読んでいたら、「柳」は漢詩の世界において別離を表すモチーフなのだと知った。
だから、ユーミンの「卒業写真」には柳が出てくるのかな。もしそうなら、ユーミンすごいなと思いながら、私は一本の柳の木のことを思い出していた。
小学生の時、仲の良い友達はみんな、私の家からは遠いところに住んでいて、その帰り道はとても長かった。
一人でぽつぽつと歩いて帰るうちに、色んな小道を見つけては入ってみるようになって、近道になったり遠回りになったりしながら、寂しい帰り道を楽しんでいた。
その一つの帰り道に、柳の木はあった。
初めて見つけた時、そのあまりの大きさに驚いて、とんでもないところに来てしまったと思った。しな垂れて揺れる柳は、それだけで一つの生き物のようで、少し怖くもあった。
だけど、その細長い葉の揺れる枝の間を通る時、何かとても大きな優しさに包まれたような気持ちになって、私はその道を、それ以降とても気に入ってしまったのだ。
あの木は、今もあの場所に立っているのだろうか。
金曜日 フジロック
フジロックが始まった。私は音楽大好きだけど、フェスには行ったことがない。
色んな人をたくさん見るより、好きなバンドやミュージシャンのワンマンに行った方が、絶対いいって思っている。
だけど毎年、今年は誰が出るんだろうってことだけは気になってしまうので、今日はブラフマンのトシロウが、トータス松本とかと出るってことだけは分かってた。
仕事でアマプラの生配信観れないなって思ってたら、タイムラインで不意打ちを喰らった。
みんなで、The Birthdayの「涙がこぼれそう」を歌っていて、レゲエアレンジのフェスぽい感じになっていた。
当たり前だけど、全然チバじゃなくて、チバの声じゃなくてさ、涙が止まらなくなってしまった。
何でここにいないの?チバさん。
汗でびしょにしょになった顔で笑ってさ、ビール片手に上機嫌で、そういうチバさんを、いつもタイムラインで見てたんだよ。
「会いたいな」って、トシロウがボソッと言ったけど、私も会いたいよ。
チバさん、そっちから見てた?
そっちから見るフジロックは、どんな感じ?
あなたのいない夏は、やっぱり寂しいよ。